Column

2024.04.19

Specialインタビュー vol.3 ~「ありえない、を超えよう。」を実現する人を訪ねて~ トゥミ・グレンデル・マーカンさん

トゥミ・グレンデル・マーカンさん
備前おさふね刀剣の里 備前長船刀剣博物館 多言語支援員
【プロフィール】
英ケンブリッジ出身。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で考古科学 を専攻。古い金属製品の研究をする中で日本刀に興味を持つ。大学2年の時、来日し、実際に日本刀を見てその美しさに感動。すっかり魅了される。2022年4月より備前長船刀剣博物館の多言語支援員に着任。外国人観光客への案内のほか、博物館の多言語化と刀剣文化の海外への発信を行っている。

岡山県瀬戸内市にある備前長船刀剣博物館で多言語支援員として働くトゥミ・グレンデル・マーカンさん。イギリスで生まれ育ったトゥミさんの来日のきかっけは日本刀でした。なぜ日本刀に興味を持ったのか、またご自身の経験を踏まえて国際共創を実現するうえでどのようなことが大切だと思うかなどを語っていただきました。

●圧倒的な存在感を放つ日本刀に憧れて

――トゥミさんのご経歴と日本刀に興味をもたれたきっかけを教えてください

イギリス・ケンブリッジの出身です。幼い頃から中世の物語が大好きで特にキング・アーサー王とエクスカリバーの伝説等の騎士に興味がありました。 好きなことを極めたくて大学では考古科学を専攻。そこで刀剣について勉強する中で、とりわけ日本刀は圧倒的な存在で非常に魅力を感じました。
2016年、大学2年の時、自分で5分ほどのドキュメンタリー動画をつくるという課題がありました。トピックは自由だったので私は日本刀を選択。図書館や武器の専門博物館でいろいろ調べるうちにますますハマってしまいました。
同じ年、イーストアングリア大学(University of East Anglia: UEA)のセインズベリー日本藝術研究所 のサマープログラムを利用して来日しました。各地を訪ね歩くうちにますます日本文化が好きになりました。中でも私の心を離さなかったのはやはり日本刀でした。

翌年、大和日英基金(Daiwa Anglo-Japanese Foundation)のスカラシップ・プログラムで再び来日。東京・渋谷にある「長沼スクール」という 日本語学校へ通学した後、インターンシップで瀬戸内市役所の秘書広報課で働き、残りの3カ月間は備前長船刀剣博物館でも働かせてもらいました。

――なぜ瀬戸内市でインターンを?

実は2016年に来日した際、備前長船刀剣博物館に観光客として訪れていたんです。刀職人が常駐する博物館はここしかなく、とても惹かれるものがありました。ちょうど「山鳥毛里帰りプロジェクト」を開始するタイミングだったので、俄然、ここで働いてみたくなりました。人に紹介してもらい、実現しました。
いったん帰国し、次の一歩をどうしようと将来を考え始めた矢先、コロナ禍となってしまい、イギリスで2年間過ごしました。

※山鳥毛プロジェクト……備前刀の最高峰と言われる 国宝の「太刀無銘一文字(号・山鳥毛/やまとりげ、通称;山鳥毛)」を生まれ故郷である備前長船の地にある、備前長船刀剣博物館に所蔵し、その存在を適正に守ろうということで「ふるさと納税」を活用したクラウドファンディングで寄附を集めたプロジェクト。

――イギリスでの2年間を経て再び日本に来られたわけですね。

そうです。イギリスでは日本刀のファンクラブの老舗団体Token GB(イギリス刀剣会)に所属し、日本刀の勉強をしたり、協会のメールマガジンの編集をしていました。そして、 瀬戸内市役所が、備前長船刀剣博物館においてインバウンドの観光客に対応できる人材を募集していることを知って応募しました。運良く採用となり、2022年5月 より、多言語支援員として働いています。
当初はインバウンド観光客対応専門だったのですが、考古科学を学んで得た知識を活かし、展示会のお手伝いや、展示物のキャプションの英訳も担当しています。

●他との交流によって気づける自国の素晴らしさ

――トゥミさんが思う、日本刀の魅力について教えてください。

主に3つあります。1つ目は鉄という素材そのものの美しさを認める日本独特の文化です。2つ目は刀を美しくしたり形づくるという技術が1000年以上代々受け継がれていること、そして3つ目は1000年以上前に作られた刀剣が当時の美しさ、形を保ったまま現代に残っていることです。しかも、それが誰の手に渡ったか、どこで作られたのかなど由緒がわかることも多くあります。このような文化は他にありません。

――なるほど。トゥミさんがとても純粋な眼差しで日本刀見つめているので、より際立って日本刀の魅力が伝わってきます。
 
他国の人に言われないと気づかないことってありますよね。私はケンブリッジ出身です。ずっと暮らしていたのでその風景も当たり前だったのですが、ケンブリッジの街がハリーポッターの世界そのものだといって海外から訪れる人がたくさんいます。それによって地元ケンブリッジの素晴らしさを改めて認識するようになりました。新たな気づきを得るためには他国の人同士の交流がとても大事だと思います。

●日本刀の輝きには、日本人の精神性が宿っている

――昨今は海外の方々が日本刀にかなり高い興味を持たれています。また、国内でもアニメなどがきっかけで若い人たちからの人気も高まっています。みなさん、日本刀のどんなところに魅力を感じていると思われますか?

かなり前から、日本刀が超自然的なものとしてメディアで登場しています。例えば、ファイナルファンタジーなどのJRPG(日本のロールプレイングゲーム)では、ラスボスとの戦いに日本刀が最強の武器としてよく登場します。こうしたゲームや、アニメ、映画の影響で、実際に見てみたいという人たちが一番多いですね。いわゆる、世界の武器の中で、日本刀は一番「㏚」力が強いものです 。
あとは、居合道や剣道など武道をやっている人たち。彼らにとって日本刀は“道”そのもの。憧れというか、自分の“生き方”の象徴としてとらえているような気がします。日本刀の美しさそのものを美術・芸術品ととらえて、そんな価値あるものを集めているコレクターも多いですよね。

――武器という側面だけでなく芸術的側面と、何より日本刀に象徴される精神性をイギリス人であるトゥミさんが感じ取ってくれていることに感動しました。

日本刀はとりわけサムライ魂を感じさせてくれます。「自分の命をこの刀にかける」とか。江戸時代のサムライにとって刀剣は一番の家宝であり、誰でも大小の刀を身につけていましたよね。確かに日本刀、イコール武器の側面はあります。でもそれ以上に、同時に美術品、信仰の対象、身分の象徴 であった日本刀に息づいている日本人の魂、精神であるということを、より世界の人たちに伝えたいというのが私の思いです。

●日本人は自国の歴史への興味は強いけど、他国への関心が薄い

――多言語支援員になって2年。日本の良いところと、反対にこんなところが良くないなと思われる点を教えていただけますでしょうか。

日本ではどんな仕事でもみんなすごく真面目にやっていますし、誰に対しても親切。電車は定刻通り動いているし、運賃も安く車内がきれいです。本当に生活もしやすいところです。
文化的側面について言えば、自国の歴史や伝統文化に興味のある人がイギリスより多いと思います。例えば、イギリス政府のレポートによるとイギリスだと比較的裕福な人たちがしか博物館へ行っていないそうですが、日本では誰もが美術館・博物館やお城を訪ねたりしています。その地域の文化に触れたいという感覚が日本人にはごく自然に備わっていますよね。
その一方で、日本では外国に興味のある人はかなり少ないという印象があります。テレビ番組を観ていても日本の歴史ものは多いのですが、海外の歴史や文化が紹介されるものは他の国と比べると極端に少ないです。
イギリスにこんな言葉があります。

Variety is the spice of life.

多様性は人生のスパイス、すなわちいろいろなタイプの人、違う価値観の人と出会うほどに人生はより“美味しくなる”、つまり豊かになるという意味です。
なかなか自分と違う価値観の人と出会うチャンスはないかもしれないけれど、もう少し他国への理解を深める機会があってもいいのになって思います。

――トゥミさんのいうとおり、多様な人たちと触れ合うことが人生を豊かにするものです。国際共創学部でも多様な社会や文化を理解し、人々が協力しながら新しい価値を生み出すことの重要性を強調しています。このような国際共創を実現するためにどのようなことが重要だと思われますか?

まずは、国が違っても同じ人間同士だと理解することが大切です。価値観やモノの見方は違っても、「良い生活をしたい」「家族を守りたい」「好きなことがやりたい」といった憧れは大体同じです。そういうことが他国へ行くと自然と理解できるようになります。
ただ、そのためにも語学の勉強が必要だと思います。一番汎用性があるのは英語ですが、ドイツ語でも中国語でも何でもいいです。外国の言葉が話せるようになると一気に自分の世界が広がります。世界の実際を自分自身で知ることができるので本当のイメージができることにつながります。
自国の言葉しか話せないと、他国の情報は誰かの通訳や翻訳を元に得ることになります。その時点で一つ別のレンズを通してしまっています。もしかしたら実際とは違う内容かも知れません。

――最後に、国際共創学部の学生、国際共創学部を志望する高校生にアドバイスをいただけますでしょうか。

私のビッグチャンスはすべて人の紹介でした。それはちゃんと人と出会うため、気になるイベントがあれば参加したりしてさまざまな人との交流を常に大切にしてきたからだと思っています。学歴などを気にする人がいますが、それよりも大切なのは人とのネットワークです。さまざまな国、立場の人たちとの人間関係をつくることを心がけてください。また、外国へ行かなくても今後は日本で働く外国人は確実に増えるはず。したがって、やはり語学は身につけておいたほうがいいと思いますよ。

――いろいろ有意義なお話をありがとうございました。