Column
2023.12.22
大阪経済大学の新設学部、国際共創学部のテーマは「ありえない、を超えよう。」。この学部を象徴する科目「ローカル・リサーチ」では、ユニークな取り組みを実践する土地へ出かけていきます。フィールドワーク先の一つが高知県黒潮町。第1回の「防災」に続き、第2回は黒潮町の「観光産業」について、黒潮町の松本敏郎町長とNPO砂浜美術館の運営に携わっている塩崎草太さんにお話いただきました。
35年前に生まれた“砂浜”を“美術館”に見立てるという発想
黒潮町には、入野の浜と呼ばれる長さ4㎞の砂浜がそのまま美術館になっている「砂浜美術館」があります。建物ではなく、なんと、果てしなく広がる大空と壮大な太平洋が“展示スペース”。このような砂浜美術館を今から35年前、住民有志の任意団体が作り出したというのです。しかも、設立以降、毎年Tシャツアート展を開き、今では3万人が訪れるほどの風物詩となっています。
では、なぜ砂浜が美術館となったのか。35年前、町役場の企画調整係に所属し、立ち上げメンバーの一人だった現在の町長、松本敏郎さんに話をうかがいました。
松本町長が当時、企画調整係として「これからまちの振興をどうしようか」と考えていた矢先、デザイナーの梅原真さんに出会ったのが始まりだったそうです。梅原さんは当時、高知県十和村(現四万十町)の振興計画に携わっていた方で斬新なアイデアを持っていることでちょっとした有名人でした。
「そこで梅原さんから、北出博基さんという写真家の作品をTシャツにプリントして、洗濯ものを干すように展示する『Tシャツアート展』をやりたいと打診されたんです」。
実現にいたるまで様々な課題があり、町の有志や職員とも侃々諤々の議論を何度も繰り返したそうです。そうした中、発案者である梅原さんが「Tシャツアート展」のコンセプトをまとめてくれました。
私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。
ものの見方を変えると、いろんな発想がわいてくる。
これこそが今、大方町※にとって大事なこと。※現黒潮町
4㎞の砂浜を頭の中で「美術館」にすることで
新しい想像力がわいてくる。
砂浜が美術館だとすると
沖に見える「くじら」が作品です
海に打ち上がる「花火」が作品です
「海亀」が卵を産みにくることが作品です
「美しい松原」が作品です(だから残そうとしています)
「らっきょう」が作品です
「黒砂糖」は無農薬の作品です
磯の動物の名前をたくさん知っている「こども達」が作品です
~以下、省略~
これを読んで、松本町長は素直に面白いと思い、これなら実現できると思ったそうです。
「今までに出会ったことのない発想でしたが、このコンセプトに出会って私自身のものの見方が変わるのを感じました。多くの方の協力を得て実現し、2回目からはさまざまな人が参加できる形にして実施しました。さらに、Tシャツアート展だけでなく、漂着したビンや道具などを展示する『漂流物展』や、パッチワークキルトを松原に飾る『潮風のキルト展』なども企画・実施しています。2003年にはNPO法人として組織化したことで県内外へ広く知られる場所になっていきました」(松本町長)。
砂浜美術館のコンセプトの素晴らしさは、砂浜を美術館に見立てるという手法を獲得することで、ものの見方を変えるとそこに新しい価値観が生まれることに気がつく点にあると松本町長は考えています。そして、「この砂浜美術館の考え方は、その後の黒潮町のまちづくりにおける、根本的な理論として引き継がれています」(松本町長)。
受け継がれていく「砂浜美術館」という考え方
現在、NPO砂浜美術館の運営に携わっている塩崎草太さんは、約8年前、兵庫県から移住してきました。
「松本町長から、設立当初は『いい大人が砂浜で遊んで……』と議会で突っ込まれることもあったと聞きました。でも、10年経った時には、『なくてはならない風景』として町民からも認められるようになったそうです。35年経った今は、あるのが当然のような受け止め方を町民の方々がしてくれているという実感が僕にもあります。特に『Tシャツアート展』は毎年恒例の行事であり、開催期間中、たくさんの町民の方々が協力してくださるというのも恒例になっています」。
塩崎さん曰く、ふだんは関わらない人たちのコミュニティの場にもなっているそうです。「自分たちがやる意義をすごく感じていますし、もはや町の文化としてやっていくことなんだなと認識しています」。
同時に、社会が変わっていく中でNPO砂浜美術館として何をどう表現していくかは今後の大きな課題だと受けとめています。
「Tシャツがひらひらしている風景の向こう側に何を見るかを考えていかないといけない。その考え方の部分があったから35年続いたとも言えるし。決してイベントが目的ではなく、手段のひとつとして【考え方】を伝えることが大きなミッションの一つです。」(塩崎さん)。
砂浜美術館は海外からも注目されています。それは、地域に根ざしたものだからだと塩崎さんは言います。
「世の中はグローバルになりつつありますが、都会のものさしだけでみんなが進んでいくわけではありません。ローカルはローカルなりにその土地や地域の本質に根差したやり方があることを砂浜美術館が証明しています」(塩崎さん)。
黒潮町で町民として暮らし、NPO砂浜美術館の運営に関わる中で塩崎さんもまた、黒潮町の防災の取り組みは、砂浜美術館の考え方に基づいているととらえています。
「そもそも砂浜が美術館なんて普通ではありえないこと。でも、それをカタチにしてしまったのが黒潮町です。さらに、日本一の津波想定を逆手にとって日本一の防災の町をつくる原動力にしたのも黒潮町です。このような町、ちょっとあり得ないかなって、よそから来た者として思います(笑)。でも、そこが最大の魅力ですね」(塩崎さん)。