本記事は、学内広報誌『SOUHATSU~創発~』(第63号/2026年3月)に掲載された卒業生インタビューをもとに、Web掲載用に再構成したものです。
2023年のドラフト会議で阪神タイガースから6位指名を受け、プロ入りを果たした津田選手。彼の野球人生に大きな影響を与えたのは、WBCでのコーチ経験もある髙代延博監督との出会いだった。
「僕が大学3年生の時に、髙代監督が監督に就任されました。自分はピッチャーとして球速にこだわっていたのですが、配球やバッター心理を考えることの重要性を教わり、投球に対する考え方が大きく変わりましたね」プロ入り後も髙代監督は津田選手を気にかけ、助言を続けてくれていたという。しかし、2025年12月、髙代監督は病気のため永眠された。
「髙代監督がいなければ、今の自分はなかったと思います。1軍の舞台、甲子園で投げる姿を見せられなかったことが本当に悔しいです。でもきっと、活躍することが一番の恩返しになると思うので、これまで以上に練習に励みたいです」そう語る津田選手の言葉からは、深い感謝と決意がにじんでいた。
小学4年生から野球を始めた津田選手は、幼い頃からの阪神タイガースファン。祖父母に連れられ、甲子園球場で何度も阪神戦を観戦していたという。
「昔はスタンドから応援していた選手たちと、今はチームメイトとして話している。その状況が、最初はすごく不思議でした」
プロ1年目は、周囲についていくことで精一杯だった。大学野球とプロ野球の違いを日々の中で強く実感したという。
「大経大の野球部は個人練習がメインでしたが、プロはチーム練習が大半を占めます。当初はチーム練習の流れや、力の入れ具合がなかなか掴めず苦労しました。また、朝から晩まで練習や試合が続くので、体の使い方も学生時代とはまったく違います。自分の調子の良し悪しがはっきり分かるようになり、体づくりを意識した生活を、より一層心がけるようになりました」
また、多くの野球ファンの視線が一挙手一投足に注がれる点も、学生時代との大きな違いだ。
「自分に関するスポーツ報道などからは、あえて距離を置くようにしました」と苦笑いする津田選手。学生時代とは全く異なる環境で試行錯誤するプロ1年目だった。
プロ入り2年目を迎えてからは、練習や調整の進め方にも少しずつ余裕が生まれてきたという。
「1軍で活躍している選手の方と話していて、共通して感じるのは、とにかく前向きだということ。『こうなったらどうしよう』と不安になるのではなく、『次はこうしよう』と常にプラスに考えているんです。技術ももちろんですが、メンタルや思考法の重要性を感じています」
最近は、メジャーリーガーの松井裕樹選手と一緒に練習する機会にも恵まれた。
「カットボールを松井選手に教えてもらいました。それがすごく自分に合っていて、困ったときの武器になっています。今はストレートとカットボールを軸にしています」
プロ入り3年目となる来季は、津田選手にとって大きな節目となる。
「大卒3年目。ここで1軍で活躍できなければ、今後の野球人生はないと思っています。次が本当の勝負です」
最後に、母校・大阪経済大学への思いを次のように語った。
「大阪経済大学野球部でのさまざまな経験が、自分をプロの舞台へと導いてくれました。同窓生の皆さんに、『母校の卒業生がプロ野球選手と して頑張っている』と思ってもらえるよう、全力でプレーします。ぜひ活躍を見ていてください」
勝負のシーズンに挑む津田選手の挑戦から、目が離せない。