2025.01.29
学部・大学院
大橋純子ゼミ 認知症の人と学生が共に働くイベント「みんなでCafe」開催 ~認知症の人が福祉や非日常ではなく、日常に参加できる社会を目指して~

2024年11月30日(土)、人間科学部 社会ライフデザインコース 大橋純子ゼミの学生が中心となり、認知症の人と学生が共にホールスタッフを務める「みんなでCafe」を本学キャンパス内のHUBCAFEで実施しました。当日は、認知症の人の家族をはじめ、近隣の小学生や中学生とその家族など地域住民の方々が来店しました。

開催後の振り返りとして12月7日(土)には、「注文をまちがえる料理店※」の発起人である小国士朗氏を迎え、「『みんなでCafe』をやってみてどうだった?~注文をまちがえる料理店発起人とホンネで語りあう共生社会の未来~」と題したトークセッションも開催しました。

※注文をまちがえる料理店・・・注文をとるホールスタッフが全員認知症の人という期間限定のレストラン。「まちがえちゃったけど、まあいいか」をコンセプトに、間違えることを受け入れて、一緒に楽しむという新しい価値観を発するため、2017 年 6月にスタート。

「みんなでCafe」の様子①
学生たちが主体的に作り上げたカフェ企画

大橋ゼミでは、認知症の人をはじめ、さまざまな人が共に暮らせる社会づくりを研究テーマとしています。認知症の人がスタッフを務めるカフェの開催を計画したきっかけは、「認知症の方は社会に出る機会が少なく、家に閉じこもりがちという現実を目の当たりにしたからです」と、大橋教授は話します。「認知症があっても地域で自分らしく暮らせる社会を実現するための取り組みをしたいと考えました。認知症だから何もできないという考えを払拭してもらえるよう、認知症の方が働くカフェの開催を計画しました」

この取り組みは、元NHKディレクターの小国氏が企画した、ホールスタッフ全員が認知症の人である「注文をまちがえる料理店」がもとになっています。たとえ間違えたとしても相手が受け入れたら、その間違いはなかったことになるという気づきから、認知症の人と一緒に普通の暮らしができる寛容な社会を作るための仕掛けの一つとして小国氏が始めたイベント型レストランです。同様の取り組みは、国内のみならず世界にも広がっています。

カフェの開催は大橋教授の発案ですが、企画内容は学生たち自身で作り上げていきました。参加したのは、ゼミの1、2年生15人。「注文をまちがえる料理店」に共感して京都で活動している「まぁいいかlaboきょうと」代表者や、若年認知症の方をゼミに招いて意見交換した上で、学生は自分たちなりの企画内容を練り上げていきました。「みんなでCafe」という名称は、認知症の人だけが働くのではなく、学生や来店者も含めてみんなで一緒に作り上げていくカフェというコンセプトを表現したものです。このコンセプトのもとで、近隣の中学校(大阪市立瑞光中学校)の生徒にもボランティアとして参加してもらうというアイデアが出て呼びかけたところ、3名の中学生もスタッフとなってくれました。

「注文を聞いて運ぶだけで終わらず、気軽に交流できる雰囲気を作れたら」という若年性認知症の方の意見に応え、老若男女問わず誰でも気軽に楽しめるスポーツゲーム「ミニらいとモルック※」のコーナーをカフェのそばに設けました。

認知症の有無に関わらず、間違えることは自信をなくすことに繋がってしまうという考えから、失敗の防止策も考えました。注文を記載した伝票をお客様にも確認してもらう、テーブル番号を立札にして設置するという工夫のほか、テーブルには「注文が間違っていた時は遠慮なく声をかけてほしい」と記載したメッセージカードを置きました。

※ミニらいとモルック・・・フィンランド発祥のモルックをヒントに、体や心に障害があってもできるように、現場の意見を取り入れ、軽く小さく握りやすく100%日本で作られたスポーツゲーム。

メッセージカードの内容
メニュー表とメッセージカード
認知症の人13人がスタッフとして参加し、カフェを開催

当日のメニューは、開催場所であるHUBCAFEに相談し、通常メニューの中から数品をピックアップして提供することにしました。集客については、Instagramでの情報発信やスーパーでのチラシ配りを行いました。他にも、「若い世代の方が自分たちの思いが伝わるのではないか」と考え、小・中学校でのチラシ配布を実施しました。

スタッフとして参加してもらう認知症の人は、地域包括支援センター、近隣の福祉施設を通じて希望者を募りました。大橋教授によると、はじめはこの企画を「否定的」に受け取られるご家族の方もおられ、あまり参加者が集まらなかったそうです。「けれど、認知症の方々と一緒にカフェを作り上げたいという学生たちの純粋な思いを何度も伝えて理解してもらえたら、とても協力的に働きかけてくださいました」

開催当日は、13人の認知症の人に参加していただきました。認知症の人も、学生、中学生スタッフと協力しながら、来店者の注文を聞き、配膳します。スタッフはいつでも自由に休憩していいというスタイルを採用し、スタッフと来店者が一緒になって「ミニらいとモルック」も楽しみました。休憩時間には、認知症の人と学生が語り合う場面も見られました。約3時間で、78人が来店。些細な間違いはあったものの、笑顔が絶えない素敵な時間が過ごせました。

「みんなでCafe」の様子②
「注文をまちがえる料理店」発案者を迎えてトークセッション

後日、小国氏を迎えて行われたトークセッションには、大橋ゼミ生と、カフェスタッフを務めてくれた中学生が参加。「カフェをやってみて感じたことや気づきを共有し、共生社会とはどのようなものなのか、おぼろげながらでもみんなで感じられたらと思っています」と小国氏が呼びかけてスタートしました。

テレビ番組制作や各種プロジェクトに携わったNHKのディレクターを経て、現在はフリープロデューサーとしてさまざまな社会課題に関わるプロジェクトを企画・運営する小国氏。その活動は「笑える革命」と呼ばれています。「認知症やガン、LGBTQへの理解といった社会課題は、難しいテーマで自分にできることはあるのだろうかと思いがち。そうした課題に対し、クリエイティブの力で笑いながら向き合える企画を作り、見え方を変えて距離を縮めていくという取り組み方をしています」と、自身の活動について語ります。

学生たちは、「みんなでCafe」での実施内容がどのように感じたかを話しました。カフェを実施する前は、「もっとミスが起きると思っていた」「認知症の方は、歩くのが困難で、物事を覚えられない」というイメージを持っていたと言います。しかし実際にやってみると、「汁物メニューもこぼさず、スムーズに運んでいた」「サポートがなくても、来店客に声をかけるなど自分から積極的に行動していた」「本当に楽しそうに仕事をしていて、見ている私たちも楽しくなった」「ミニらいとモルックに誘ってみると、認知症だとは感じられないくらい普通に遊べた」と、想像していたものとはずいぶん違う姿が見られたと発言。なかには、「メニューの価格を私が間違えた時に教えてもらった」と認知症の人にサポートしてもらった学生もいたそうです。

また、認知症の人と接する中で学生たちは、楽しい面だけではなく、対応の難しさの一面を感じる場面もあったと言います。何度も同じ話をするという認知症の人の症状に複数の学生が触れました。「短時間だったから笑顔で対応できたけれど、日常的に接している人は大きなストレスを感じるのではないか」「施設の介護者は毎日のことで、多くの認知症の方に対応しなければならないので大変そうだと思った」との意見が出ました。これに対し小国氏は、「『注文をまちがえる料理店』で見られるハッピーな風景は、日常の中にあるほんのわずかな非日常の世界。でも、非日常の世界に行った時に、視野が広がって日常の中で見過ごしていたことに気付くことがある。日常と非日常の両方があって豊かな暮らしができるのではないかと思います」と応えました。

「注文をまちがえる料理店」発起人の小国士朗氏
多様な視点で、小国氏と共生社会について意見交換

「みんなでCafe」を企画した時に、福祉関係者から初めは受け入れられなかったことも話題に上がりました。小国氏も「注文をまちがえる料理店」を企画した際、「不謹慎だ」という声がいくつも届いたと明かします。「僕は介護のド素人でした。でも、熱狂する素人が新しいものを生み出すことはあります。自転車屋だったライト兄弟が、空を飛びたいと熱望し、飛行機を生み出したように。皆さんは自分たちがまだ何者でもなくて、知識もない素人だと思う瞬間があるかもしれないけれど、思いっきり熱狂する素人になったらいいのではないかと思います」と、学生たちに語りかけます。

また、小国氏は「注文をまちがえる料理店」において、サービスする側と来店者がフラットな関係で接する雰囲気を作るため、スタッフと来店者が自然と共同作業できる仕掛けを取り入れ、グループ客の中で認知症の人だけが“異物”だと認識されてしまうことを避ける狙いで相席を意識的に多くしたと説明します。

「社会の中には“相席”が少ない。認知症の方と相席するシーンがないから、分からなくて怖いんです。相席にすると最初は緊張するけれど、美味しい料理を一緒に食べていれば仲良くなれますよね。社会や組織、普段の暮らしの中に相席状態を作れば、わざわざ共生社会と声高に言わなくても、自然と共生社会になっていくと思っています。『みんなでCafe』で素晴らしかったのは、遊びを通じてフラットな関係に自然となる『ミニらいとモルック』を取り入れたところ。みんなで作り上げるという思いが込められた店名にも、皆さんの意志が表れていて感動しました」と、小国氏は話しました。

あえてテーマについてのまとめや結論を出さずに終わった、今回のトークセッション。小国氏や他メンバーと意見を交わし合う中で、「みんなでCafe」での経験をまた別の視点から振り返ったり、共生社会に関する考えを再確認するなど、参加者それぞれの学びを深める機会になったのではないでしょうか。

トークセッションに参加する大橋ゼミ生
学生たちの取り組みを大橋教授が評価

トークセッションを終え、大橋教授は「小国さんは『注文をまちがえる料理店』を立ち上げた方ということで多様なお話をしていただき、学生たちの本音も引き出してもらえると企画しました。また、認知症の方と接していろいろ感じたほか、介護する側の立場になって考えるなど、カフェ開催の取り組みを通じて学生たちが良い学びを得たのだと分かりました」と話します。

「みんなでCafe」の取り組みを振り返っては、「認知症の方やその家族には『楽しかった』と言っていただき、笑顔の絶えないカフェを実現できたことをうれしく思っています」と語る大橋教授。これに加えて、「開催までのプロセスに学生が主体的に携わったことで、より多くの学びや気づきが得られたと感じています。中学生をボランティアとして巻き込むというアイデアなどは私の想定外でしたし、しっかりと学生たちで考えて“みんなで”という彼らなりのコンセプトを作れたことで、取り組み内容が深まりました」と評価します。

また、「一人の人間として尊重する気持ちがあれば、普通にコミュニケーションできる」という考えから、学生たちには認知症の人との接し方を事前に学習させなかったと大橋教授は言います。「学生たちはカフェ当日、自然と認知症の方をサポートし、同じ立場で働くことができていました。実際に接してみて、認知症があっても特別に構える必要はないと感じ取ってくれたのではないかと思っています」

福祉関係者からは、「福祉系や医療系ではない大学の学生がこのような取り組みをしたのは意味のあること。これからの社会が明るく思える」との声が聞かれたそうです。「認知症があっても、日常に参加できる社会づくりという課題において、一つの成果を上げることができたと感じています。学生にとっても多くの学びが得られることが実感でき、今後も『みんなでCafe』を継続していきたいと考えています」と、大橋教授は今後の活動にも意欲を示しました。

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