2024.03.14
イベント・講演会
スタートアップシンポジウム「社会課題の解決に向き合うスタートアップ」
社会課題の解決に向けたビジネスモデルを起業家から学ぶ

2023年12月4日、経営学部主催(2024年創立60周年)、大経大アントレプレナーシップ(ENT)塾共催により、「社会課題の解決に向き合うスタートアップ」と題した公開特別講座を開講しました。利益追求だけではなく、社会的な問題に対処するビジョンを持って事業を行う起業家4名をお迎えし、社会課題解決型ビジネスについて、さまざまな角度からお話しいただきました。コーディネーターを務めたのは、IT企業(株式会社スマートバリュー)の経営者である本学客員教授の渋谷順氏です。オンライン聴講も含めて参加者は約140名で、本学学生のほか、自治体・学会関係者、ビジネスパーソンと幅広い聴講者が集まり、持続可能な未来を切り開くための志を持った起業家のお話に耳を傾けました。

4人の起業家が挑む、社会課題解決型ビジネス

本講座は、「社会課題に向き合う起業家からのリアルな話に期待したい」と述べた江島由裕経営学部長の挨拶からスタート。まず、4名の起業家がそれぞれの事業について紹介しました。

障がいのある方にまつわる情報プラットフォームの提供
株式会社Lean on Me

障がいのある人と身近に接してきた志村氏は、「障がいのある人とその家族は、将来のライフプランに見通しを立てることができない」と、社会の現状に課題を感じてきたと言います。この課題意識をもとに、「障がい者にやさしい街づくり」をビジョンとした株式会社Lean on Meを設立しました。「障がい者福祉現場での虐待問題は知識不足を主因として起こるもの」との考えから、障がいのある人への理解を深める「eラーニング研修」を制作・提供する事業を展開。有識者が出演し、分かりやすく質の高い1300本以上の動画コンテンツが視聴し放題という独自のサービスを提供しています。また、大阪・関西万博の開催を控えた日本国際博覧会協会とアドバイザリー契約を締結したほか、他企業と連携した事業を行うなど、蓄積した知識とノウハウを活かした新たな事業にも取り組んでいます。
志村氏は、「福祉業界だけに知識を伝えても世の中全体をなかなか変えていけません。障がいのある人にまつわる情報発信を牽引する役割を弊社が担うべく、業界外にも広く事業を展開していきたい」と、意欲を語りました。

[プロフィール]
志村 駿介氏(株式会社Lean on Me代表取締役)
大阪府高槻市出身。障がいのある人と共生する環境で育つ。福祉施設勤務を経て、真のノーマライゼーションの実現を志し、2014年に株式会社Lean on Meを設立。

貧困の連鎖を断ち切るキャリア支援のシステムづくりを
株式会社Compass

「日本からワーキングプアを無くす」というミッションを掲げ、就職氷河期世代やひとり親、非正規雇用の女性などキャリアの問題を抱える人を対象にした人材マッチングサービスを提供する株式会社Compass。大津氏は、「出産などキャリアステージの変化によって人材市場での価値が変わってしまうこと、ワーキングプアから抜け出すための支援システムがないこと、こうした現実に疑問を感じ、問題解決ができる社会の仕組みをつくりたいと考えました」と、起業へと至った思いを語ります。チャットボットやAIを活用して効率化を図り、中低所得層が利用しやすいシステムを開発。無料キャリアカウンセリングや企業とのマッチングサービスなどを行っています。
同社は、収益拡大と社会課題解決の両方を追求するビジネスモデルの確立を目指しています。こうした事業の成長、社会的インパクトの創出に関する中長期的な指標は、社内外に明確に示しているとのこと。「指標を可視化することで、外部との連携をスムーズにする効果があります。また社内でも認識を共有し、社会課題を解決したいという軸をぶれさせずに事業を行うことができています」と、大津氏は話しました。

[プロフィール]
大津 愛氏(株式会社Compass代表取締役CEO)
神奈川県出身、神戸市育ち。一般企業、NPO勤務を経て、2017年に設立した株式会社Compassは、複数のアクセラレータープログラムに採択された。キャリアコンサルタント(国家資格)。

テクノロジーの力で製造業の現場を変革
株式会社フツパー

「製造業の95%の企業が人手不足だといいます」と、製造業界が抱える課題について語る大西氏。「製造業に特化したAIサービスを提供することで、人手不足の解消、工場の効率化を実現したい」との志を持ち、フツパーを設立しました。同社では、検査工程を省力化する外観検査自動化AIや工作機械の不具合を検知する振動異常検知IoTなどの実用的なソフトウェアを開発し、いつでも解約可能な月額サービスとして提供。このようにすることで、中小企業でも導入しやすい環境を整えました。「AIモデルを構築して現場に実装した後もAIは再学習し、常にアップデートしていきます。これにより性能の良いサービスを利用することが可能となります」と大西氏は説明をします。設備投資に多額の資金を投入できない中小企業の課題に応えることで、製造業現場を変革していく可能性を示しました。
さらに大西氏は、「一般的なAI関連企業が扱っているのは、インターネット上にあるデータのみ。現場でリアルなデータを収集して課題解決に役立てるということはできていません。弊社は、インターネット外のAIの領域で世界一を目指していきます」と、力強く宣言。すでに世界2カ国での導入実績もあり、さらなるグローバルな展開も計画しています。


[プロフィール]
大西 洋氏(株式会社フツパー代表取締役 兼CEO)
兵庫県出身。広島大学工学部卒業。メーカー勤務、イスラエルでの起業、工場向けAI/IoTベンチャー勤務を経て、2020年に株式会社フツパー設立。MENSA会員。ソフトバンクアカデミア12期生。

水上交通の安全性と利便性を高める、船舶向け自律航行システムを開発
株式会社エイトノット

今回はオンラインで参加いただいた、木村氏。「自身がマリンアクティビティに親しむ中、マリンテックの可能性に惹かれてエイトノットを設立しました」と話します。設立にあたっては自ら離島を訪れて住民の声を聞き取り、「船長不足による便数減、航路廃止といったアクセスの問題に直面する離島の現状は厳しいものでした」と、水上交通の課題を目の当たりにしたと言います。また、船長の経験と勘に頼って運航される小型船舶の安全性を高めることも必要だと考えました。これら現場の状況を踏まえ、既存の小型船舶に搭載可能で、目的地まで自動でナビゲーションする自律航行システムを開発。政府や自治体の支援を受けてさまざまな実証実験を行い、2023年には国内初の商用運航を開始しました。
木村氏は、「船舶の自動運転が普及して安全性・利便性が向上すると、新しいビジネスがどんどん生まれると言われています。私たちは、誰もが気軽に水上にアクセスできる手段を提供し、海から新しい経済圏を創出する未来を追いかけています」と語ります。段階的に、無人で運航する完全自動化、汎用自律運航ソフトウェアをメーカーへ供給するプラットフォーム事業と、事業拡大を目指しています。


[プロフィール]
木村 裕人氏(株式会社エイトノット 代表取締役CEO)
カリフォルニア州立大学卒業。アップルジャパンを経て、デアゴスティーニ・ジャパンに入社し、ロボティクス事業の責任者を務める。2021年に株式会社エイトノット設立。一級小型船舶操縦士。

社会課題解決型のスタートアップに追い風

後半は、コーディネーターの渋谷氏と4人の起業家が登壇し、社会課題解決型ビジネスを取り巻く現状、事業にかける思い、人材採用といったテーマで語り合いました。

[プロフィール]
渋谷 順氏(写真左)
大阪経済大学客員教授、株式会社スマートバリュー取締役兼代表執行役社長
町工場を事業継承し、情報通信サービス事業へと事業領域の転換を図り、2018年に東証1部上場、2022年に東証スタンダード市場へ移行。大阪経済大学大学院経営学研究科修了。

渋谷氏はまず、「4人は社会にある課題にしっかりと向き合いながら、かつ事業としての収益も獲得していこうと両立されている。これからのあるべきスタートアップの形ではないかと感じました」と話した上で、事業の現実的な課題である資金調達の現状について問いかけました。これに対し、「3、4年前に比べ、アメリカの金融緩和の影響などで直近では資金調達がしづらくなっています。ただ、スタートアップに注目が集まっており、ステークホルダーの支援も厚く、起業にチャレンジしやすい環境になっているのではないでしょうか」と、志村氏は話します。また、大津氏によると、この数年で投資家が企業の価値を算定する際の基準が一気に変わったと言います。「以前は利益率をどれだけ高く上げられるかで評価されていました。今は、企業価値を算定する際に出す資料の半分は、社会的インパクトに関する資料です。インパクトが出た後、将来的にマネタイズが増えます、といった中長期的な可能性や市場性も評価されていると感じます」

「ただ利益を追求するだけではなく、社会の課題解決を目指すビジネスを成立させるには、時間もかかるし、大変なこと。そこにチャレンジするマインドはどのようなものなのか」との渋谷氏の言葉に対し、起業家たちはそれぞれ、社会課題を解決したいという強い思いを語ります。木村氏は、「自動航行を実現するだけでは、離島の人口減少は止まりません。いろんなテクノロジーを組み合わせてはじめて、たとえ人口が減ってもこれだけのインフラが維持できるという、高齢化社会での新しいモデルケースを世界に示していけると考えています。私たちは、その全体のコーディネートまでしていきたい」と話しました。

人材の獲得に関しては、企業のビジョンに共感してもらうことが採用にあたっての重要なポイントであると口を揃えます。大西氏は、「自社株を購入できるストックオプションの権利を社員に付与しています。将来のインセンティブと社会的な価値を踏まえて入社してくれる社員が多いと感じています」と自社の取り組みを説明。渋谷氏は、「社会を変えられるかもしれないというワクワクする気持ち、新たなことにチャレンジする中で得られる経験が社会課題解決型のスタートアップにはあります。新しいキャリアのあり方を感じられたのではないでしょうか」と返答しました。

最後に渋谷氏は、「社会課題解決型ビジネスはスタートアップに向いています。しかも数年前と比較すると、資金調達、人の採用を含めて良い流れもきています。こうしたスタートアップの形があることを理解し、アントレプレナー(起業家)を目指す学生のみなさんも私たちと一緒に盛り上げていってくれればと思います」と語りかけ、講座を締めくくりました。

さまざまな課題の解決を目指し、現実社会で果敢にチャレンジする起業家たち。彼らの話は、起業を目指す人に力を与え、ビジネスのヒントを提示するなど、多くの刺激を聴講者にもたらしたに違いありません。

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