
2024年5月2日(木)、大阪経済大学と高知県黒潮町の包括連携協定締結式の後に特別講義を行い、4名の講師がキャンパスの未来の可能性について語り合いました。
―司会
くろしおキャンパス第1回特別講義を始めます!
「私たちの町には大学がありません。町そのものがキャンパスです」をテーマとして、建物がない新しいキャンパス「くろしおキャンパス」の未来の可能性について考えていきたいと思います。それでは、本日の講師の先生方をご紹介します。
大阪経済大学の学長、山本俊一郎先生です。新しく創設された国際共創学部のキャッチコピーが「ありえない、を超えよう。」ということで、壁も天井もないくろしおキャンパスに通じるものを感じています。そのあたりのことに触れながらお話いただければと思います。よろしくお願いします。
―山本先生
皆さんこんにちは。山本です。社会は今、形あるものが価値を持った工業社会から情報社会に移行して、ストーリーやデザイン、思い出といった形のないものに価値を見出すようになってきています。そんな時代の中で、形のないものについて考えることも大学での学びと言えるのではないかと考えています。
今年4月に新しくスタートした国際共創学部では、現場で五感をフルに働かせながら物事を考えるという教育に取り組んでいきます。そして黒潮町はそのような教育にぴったりの場所だと思っています。

―司会
では続いて、その新しい国際共創学部の客員教授、渡邊智恵子先生です。実は、黒潮町の砂浜美術館とは30年近いお付き合いになります。今回このような形で再会できて、奇跡的なご縁を感じているところです。渡邊先生ご自身がビジネスを通じて国際共創の活動を長くされてきたわけですが、現在の活動とともに学生たちに伝えたいことをお話いただけたらと思います。
―渡邊先生
国際共創学部の客員教授に就任しました渡邊です。今日は客員教授としての初仕事ですが、実はここ黒潮町が大方町※だった時からお付き合いさせていただいています。
大方町との出会いはTシャツアート展の記事を見たのがきっかけでした。「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」っていうフレーズに非常に感動したんですよね。その当時ここのTシャツはアメリカブランドのものでした。これほど大きいパブリックな活動であるならばオーガニックコットンを使わない理由はないでしょうと考えて、事務局にオーガニックコットンTシャツを持って行って、これと今のTシャツと替えてくれないかって頼みにいったんですよ。そしてそれが今も続いているんです。私は今回の締結式の風景というのは、あるべくしてあったのかなと思っています。
若い人たちが建物に影響されずに、自然の中でたくさんの教えをいただける環境で、これが僕たちのキャンパスなんだって実感できるような授業を広げていきたいですね。そしてこの黒潮町でいろんな若者たち高校生中学生と一緒に、次の時代を作っていけたらいいなって、思ってます。
※大方町は、2006年3月20日に隣接する佐賀町と対等合併して黒潮町となった。

―司会
次にNPO砂浜美術館の理事長、村上健太郎先生です。
「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」というコンセプトの砂浜美術館が黒潮町に誕生して35年。今、この理念は町の思想になり、町全体を美術館と捉えて価値の発信をしています。また今回、その美術館全体がすなはまキャンパスとなったわけですが、そのあたりのことを、クジラの館長に代わり、村上先生よりお話しいただけたらと思います。
―村上先生
こんにちは。村上です。砂浜美術館の館長は人ではなくて土佐湾を泳いでいるクジラでして、私は今日、館長のクジラの代わりにここに座っています。
最近、砂浜美術館を紹介する際、小さな町の世界で一番大きな美術館と言っています。鯨が砂浜美術館の作品であるならば、もう行政区分でいう町を超えちゃっているんですよね。そこが砂浜美術館の可能性の一つかなと感じています。
また、砂浜美術館の作品は、ここにあるものは何でも作品だということではなくて、当たり前に見ているものに意義と主体性を持たせて新しい価値を創造することによる作品なわけです。この意義と主体性を持たせるところに学びや教育の重要な役割があるのではと感じています。
砂浜美術館は哲学であり、思想ですので、ここに来た人がそれぞれの視点で考える場所だと捉えています。フィールドワークでここを訪れる学生の皆さんには、そういった部分を意識してもらって、このくろしおキャンパスで学びを深めていただけたらいいなと思います。

―司会
ありがとうございます。次は黒潮町の代表である町長の松本敏郎先生です。
松本先生は35年前にこの砂浜美術館をつくった発起人の1人です。空想(もうそう)もやりきればカタチになる、砂浜美術館の考え方はどんな分野にも応用できる、といつも松本先生はおっしゃっています。これから始まるこのくろしおキャンパスにどんな空想を描いているか、お話ください。
―松本先生
黒潮町の町長、松本です。砂浜美術館を立ち上げて、Tシャツアート展が紹介された後に、県外からこの砂浜美術館にお客さんがぽつぽつ来るようになりました。そして砂浜でお客さんに「砂浜美術館ってどこにありますか」と尋ねられてどう答えていいかわからなかった町の人から「松本さん、こんな嘘言ってもいいんでしょうかね」と言われたこともありました。
その頃はまだ、私たちも砂浜美術館をイベント的に捉えていたんだと思います。でもスタッフと議論する中で催しやイベント的なものではなくて、考え方そのものに大きな価値があるということに、だんだんと気づいていきました。またこの考え方は、様々な形で応用できることもわかってきました。そして今黒潮町では「空想」と書いて「もうそう」と読んで「空想(もうそう)をカタチにする」という言葉を使って、町の活性化を図ろうとしています。
実は4キロの砂浜を美術館にしたことも空想をそのままカタチにしたものですし、防災の取り組みで34.4mの津波が来るかもしれないけど犠牲者をゼロにするというのも空想をカタチにするという思想に基づいています。さらに最近は脱炭素先行地域にも選定されて、再生エネルギーで全てを賄う町づくりをしていますが、これもまた同じように空想をカタチにしながら確実に進めています。
町のところどころに「知恵こそ無限の資源なり」という考え方が生かされています。これに気づいてからは、砂浜美術館を教育に使えたらいいなと思っておりました。だから今回、大阪経済大学さんにキャンパスとして使っていただくことは、まさしく思っていたことが具体的な形で動き始めているような気がして、とてもわくわくしています。これからが本当に楽しみです。

―山本先生
お話を聞いていて思ったんですけど、限界集落とか消滅可能性自治体のニュースがあったりする中で、黒潮町の皆さんは将来に対して悲観的ではありませんよね。考え方を変えれば一見難しいと思うようなことでも、実現に向けて確実に進めていけると捉えておられます。これまで実現してきたことが自分たちの誇りにも繋がっていて、それが聞いている人を感動させているのではないかと思いました。
―渡邊先生
本当に物事って考え方次第ですよね。今までの経験とか成功事例が通用しなくなるということだって、考え方を変えれば、みんながそれぞれの考え方や空想をいっぱい繰り広げられるようになるってことですよね。そういう時代が来るんだと思うと楽しみでしょうがない。
ここで私の一つの空想を言ってもいいですか?
今年入学してくる国際共創学部の学生の5%、6人くらいが自分で事業を立ち上げられるような独創性をもって、ここ黒潮町からアントレプレナーになっていくというのはどうでしょう。
―松本町長
ものすごく素晴らしいと思います。今の時代は世界中が100年に一度の変革期にあると思っています。その中で、国際共創学部は時代にマッチした学部ではないかと思うし、うちの町の考え方も取り入れていただいて本当に嬉しいです。
―渡邊先生
今の中学生や高校生は本当にすごい考え方を持っているし、行動もします。それを大人の私たちがちゃんとサポートしていけるようになったら、世の中を変えられる若者たちを輩出していけると思うんですよ。

―山本先生
大阪経済大学の学生の約8割が関西地域から来ているのですが、若いときの感性っていろんなものを感じることができるので、黒潮町にまず来てもらって1週間でも滞在すれば、かなり大きな刺激を受けると思います。
大学の教育って学ぶだけではなくて、選択肢をたくさん作ることだと思うんです。都会でずっと育った子でも黒潮町に行ったことがあれば、たとえば企業に就職したけど辞めて、次どうしようかってなった時に、黒潮町で何かできるかもっていうイメージが浮かんで、新しい環境に飛び込むハードルがものすごく下がる。大学での経験を通じていろんな選択肢を持てるようになる、その選択肢の1つに起業も加われば素晴らしいと思います。
―渡邊先生
日本に初めて来たというイギリスの若い女性に、どうして日本はこんなにきれいなのって言われたことがあるんですけど、この黒潮町も本当にきれいじゃないですか。ただ散歩しててもきれいなんですよ。だからここに世界各国の人を呼びましょうよ。黒潮町に世界中の人たちを呼ぶにはどうしたらいいのか真剣に考えたいなと思ってるんですよね。黒潮町でインターナショナルな町づくりをしてもらいたいなって思うんですけど。町長いかがでございましょう。
―松本町長
素晴らしいと思います。これについては元教育長に話してもらいましょう。
今日の講師じゃないけど「ありえない、を超えよう。」って場ですから、講師以外も話してもいいでしょ。
―畦地先生
こんにちは一昨日まで地元の教育長をしていました畦地と申します。
町長がおっしゃってるのは「世界津波の日」高校生サミットという国際会議のことです。世界30カ国から360人の高校生、関係者を含めて500数名の方が参加した国際会議を2016年にやりました。高知県で国際会議を開催したのは、後にも先にもこれだけなんですよ。だから当時これをやるときに誰も経験がなくて、外務省の担当者には、専門部署を作って2年ぐらい準備しないとできないよって言われました。けれども半年で何とかやりました。うちの職員は本当に頑張ってやればできるんだなということを実感したんです。やったという実績よりも、ここで一生懸命考えた経験が、うちの教育や防災にもしっかり生きていると思っております。

―山本先生
皆さんはすでに「ありえない」を超えていらっしゃいますよね。枠や境界がないっていう空想から砂浜が美術館になったり、町がキャンパスになったり。人はどこかで限界や枠を作りたがるものですけど、ここの皆さんはそれを超えることができているんだなって思います。
ちょっと話はそれるかもしれないですけど、今の社会は二項対立的に考えて物事を単純化してしまいがちです。すぐ答えを求めるし、何が正解なのか言ってほしいみたいなところもあって、何でも反射的に反応してしまう。学生たちも、農村だからとか地方だからとか、すぐ教科書的に判断してしまいがちです。でもそうではない。国際会議だって行われているし、この土地こそ最先端だといった捉え方を学生に学んでほしいなと思います。
―渡邊先生
私、聞きたいことがあるんですけど、黒潮町には県外から来た若い人がずっと住んで、いい仕事をしているんですよね。こういった場所で若い人たちが増えるっていうのが不思議に感じるんですけど、この町の魅力って何なんですか。
―村上先生
もうだいぶ若くなくなっちゃったんですけど、私の場合、きっかけは大学の講義ですね。講師の先生から2つの写真と1つの文章を見せられたんです。何もない砂浜と、Tシャツがひらひらしている写真、その下に「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」っていう一文でした。そんなところがあるんだっていうのが衝撃でした。
そして、実際にそこに行ってみたら、何か町の人たちがすごく楽しそうだったんです。帰るときにまた来てねみたいな雰囲気がこの町にはあって、考え方もあって、そういう人たちがいっぱいいて、それがここに住む魅力なのかなと思います。
―山本先生
私は香川県の小豆島出身なんですが、小豆島も若い人たちの移住が増えています。共通点として、何をするにしてもそれを受け入れてくれる包容力とサポートしてくれる人が町にいますね。黒潮町の場合は、この砂浜美術館がアイコンになって伝播していってるんじゃないかなと思います。

―司会
皆さんから未来を感じるお話がいっぱい出てきてとてもワクワクしているところなんですが、そろそろ終わりの時間が近づいてきました。
最後にくろしおキャンパスでやりたいこと、期待することなど、空想をカタチにする町として皆さんの空想をお話しいただきたいと思います。
―山本先生
皆さんのお話を聞いていて、学生の価値観をひっくり返したいなと思いました。うちの学生は、都会には刺激があるけど田舎にはないみたいな考え方をしているんじゃないかと感じることがあります。だから、地方こそ多様性があって刺激的なところなんだという考え方にひっくり返したいなと思います。それを目標にします。
―渡邊先生
私はこの黒潮町の砂浜が本当に愛おしいです。だから、いつ来ても温かく迎えてくれるこの黒潮町の砂浜美術館を、これからもずっと長く運営できるように、ずっとサポートしていけたらいいなって思います。砂浜美術館フォーエバーです。
―村上先生
砂浜美術館のコンセプトの最後のほうに、砂浜から地球のことを考えるという一文があるんです。地球のことを考えるには、自分たちだけでは難しくて、ここにいる人も含めていろんな人たちの智恵と行動を集めて地球のことを考えていくんだなと感じました。まずはこの建物のないくろしおキャンパスを、世界で一番広いキャンパスにしたいと思います。
―松本先生
来年からではありますが、大阪経済大学の学生が一年中、町内のいろんなところを歩いてみて、いろんな職場に訪ねてきてくれて、そして役場の試験も受けてくれるというふうなことを期待しています。
また、砂浜美術館ができて35年が経ちました。あと65年頑張れば100年になります。100年たてばこの砂浜美術館が世界文化遺産になって国際的な人たちの交流の場になると空想しています。
―司会
4名の先生から「いろいろな価値観をひっくり返す」「ずっと続くようにフォーエバー」「世界で一番広いキャンパス」「世界文化遺産になる」という目標をあげていただきました。空想をカタチにしてこそなので、どのようにしてカタチにしていくかをこれからも考えたいなと思います。わくわくするような講義を本当にありがとうございました。
国際共創学部の2年生がこのくろしおキャンパスを訪れて学んでくれる来年の夏が、今から楽しみです。
第1回特別講義をこれで終了したいと思います。ありがとうございました。
