2025.02.21
イベント・講演会
小野善康客員教授による講演会「資産選好と先進国病」
「資産選好」という概念に基づいて、日本経済を考える

2025年1月23日、経済学部の客員教授を務める小野善康氏を講師に迎え、講演会「資産選好と先進国病」を開催しました。1980年代のバブル崩壊以降、日本は長期不況の時代に入り、歴代政権がさまざまな経済政策によって景気回復を図るものの、いまだに経済停滞が続いています。本講演で小野氏は、「資産選好」という考え方を使って日本経済が陥った長期不況の現象を説明し、望ましい経済政策について考察しました。

[小野善康氏 プロフィール]東京工業大学 工学部卒業、東京大学 経済学研究科博士課程修了。武蔵大学、ロンドン大学LSE、大阪大学 社会経済研究所、プリンストン大学、ブリティッシュ・コロンビア大学、世界銀行といった国内外の大学・機関で研究に従事。2010年、内閣府 本府参与 経済社会総合研究所所長。現在、大阪大学 社会経済研究所 特任教授、2024年から本学 客員教授。
日本経済は「消費選好」から「資産選好」へ

小野氏は日本経済が活況を呈していた1980年代半ば頃から、「資産選好」という人々の行動特性が経済に与える影響について理論的に考え始め、長期のデフレ不況に陥る可能性を考察していたといいます。資産選好とは、「お金を貯めたい」という人々の欲望のことを指します。では、資産選好が強くなると、経済にどのような影響を与えるのでしょうか。従来の経済学の考え方と比較しながら、小野氏は解説しました。

伝統的な経済学では、消費選好という行動特性に基づいて経済の動きや政策を考えてきました。人々が所得を得た時、消費するか貯めるかという2つの選択肢がありますが、すぐに消費することを選べば需要は拡大します。貯めるという選択肢も、近い将来に消費することを目的としたもの。いずれも需要拡大につながるので、企業は安心して生産できます。安定した需要が見込めれば設備投資も行うことができ、景気は良くなって雇用は拡大し、経済成長が起こると考えます。

「つまり、供給が経済を決めているというのが従来の経済学の考え方です。どのくらい物を作る力があるかによって、経済の成長が決まるというわけです。今も経済学の世界ではこの考え方が主流です」

一方、資産選好では、所得を得た人々が「消費せずに貯めたい」という欲望を持つと考えます。「消費するための資産があるにもかかわらず、貯めておかないと不安、もったいないから使わない、資産を持っているのがうれしいといった気持ちから、人々はお金を使いません。すると、需要が停滞して物価が下がり、デフレが起こります。いくら生産能力があっても、売れる量までしか経済活動はできません。需要が経済を決定するというのが私の考え方です」と小野氏は説明します。

キャッシュ以外の国債や株といった資産も、消費するためではなく、価値があるものを持っていること自体がうれしく、自分が豊かだと実感できるから売らずに保有し続けます。その結果、資産価値が高騰します。実際、2010年頃に8,000円だった株価は、今では40,000円前後へと大幅に上昇しました。「長期的に日本の経済成長はほぼゼロで、賃金も上がらないという状況が続く中で株価だけが上昇したのは、資産選好という考え方に基づけば説明できます」

また、日本は失業率が低いと言われていますが、その背景には「非効率な雇用がある」と指摘します。「例えば、日本のサービス業の質は、欧米と比べると非常に高くレベルが違います。それだけ非効率な人の使い方をしているのです。効率を上げると、人が余って失業率は高くなるでしょう。多くの人を雇うために効率を下げているのが日本の経済だと思っています」

成熟経済下では、消費が停滞して資産の保有が進む

1990年代半ば頃までは、従来の考え方による経済成長が成立していたと小野氏は話します。これは、現在よりもはるかに生産能力が低かったからです。生産能力が低いと、需要に応えきれずに物不足になります。また、人々の購買意欲を刺激するような商品も多くありました。「私が子どもの頃は、冷蔵庫や洗濯機、掃除機もありませんでした。そんな時代だと、新しい製品が出てきたら誰もが買います。しかも生産能力が低くて物が不足していると、収入が入ると慌てて買うわけです。需要が高くて物が売れ、物不足で物価は上がり、インフレが起こって好況になり経済が成長する。とてもわかりやすい経済成長のシナリオです」

ところが、現代では生産能力が上がり、人々は必要な物をほとんど持っています。こうした成熟経済下では、物が売れず、余った資産は保有されます。これが「資産選好が消費選好を凌駕した状態」と説明します。「消費が停滞した状況では、所得が増加しても需要に結びつかずにインフレが起こりません。たとえ国がお金を国民に配っても、貯蓄が増えるだけ。実際のところ、長期的な不況下において異次元緩和など、歴代政権はさまざまな経済政策を実施してきましたが、インフレは起こりませんでした」

一人当たりの消費額や金融資産、消費者物価指数、実質GDPの推移を表したグラフを示し、これまでの日本経済の状況を説明しました。いずれも、1970年から1990年代初めまでは右肩上がりでしたが、それ以降はずっと停滞していることが分かります。OECD(経済協力開発機構)内での経済的地位を表したグラフでも、以前は上位にあったGDPの順位が20位前後まで下降しています。

ただし、金融純資産残高を見てみると、ほぼトップ5の順位を維持し続けていることに小野氏は注目します。「資産はあるのに、なぜGDPは低いのか。お金はあるのに消費をしないからです。物が売れなくて企業は儲からず、賃金も上がらない。したがって所得は低いままです。一人当たりのGDPは約20年間、ほとんど横ばい。生産能力が上がっていないということになりますが、そんなわけがありません。生産技術は確実に上がっています。なのに、みんなが消費しないから、経済の実力を発揮できないのです。これは日本だけでなく、先進国が共通して抱えている問題です」

新たな需要をつくり、公共事業によって余剰生産力を活用する

小野氏は、成長経済期と成熟経済期では、行うべき景気刺激策はまったく異なると指摘。現在のような成熟経済下で景気回復を図るには、「需要をつくる」ことが必要だと言います。「安いから買うのではなく、欲しいから買うのが本当の需要。消費を刺激しなければなりません。ただ、今までの消費にプラスして、さらに欲しいと思えるような物を作らなければ景気全体は良くならないので、なかなか難しい」と困難な状況を示した上で、「消費を刺激するようなプロダクト・イノベーションに期待したい」と話しました。

さらに、余剰生産力を公共事業で活用する必要性を説きました。事業の内容としては、生活の質の向上に結びつく分野、民間と競合しない分野が望ましいとし、芸術、観光、教育、介護、健康、安全安心のための再生可能エネルギー、環境、生活インフラといった事業分野を例示しました。「成長経済下では公的事業は控えた方がいいと言われますが、今はこうした事業にどんどん投資した方がいいと考えています」と、余剰生産力の活用に向けて提言しました。

今回の講演で小野氏は、独自の理論により、従来の経済学の考え方とは異なる経済の読み解き方を示しました。聴講者は、経済について考える上での新たな視点や知見を得られたのではないでしょうか。

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