2025.08.04
イベント・講演会
広島大学教授 片柳真理氏による基調講演「人々を繋ぐ平和のためのビジネス」を開催

2025年7月11日、本学にて広島大学・片柳真理教授による基調講演「人々を繋ぐ平和のためのビジネス」が開催されました。講演では、紛争地においてビジネスが平和に貢献し、新たな価値を創出する可能性について、ボスニア・ヘルツェゴビナの事例を中心に紹介されました。また、女性たちの経済的自立を支援する社会的企業「BH crafts(ビーエイチ・クラフツ)」の取り組みを通じて、ビジネスが分断を越えて人々をつなぐ手段となることが示されました。

講演後は、国際共創学部の友次晋介准教授と小川未空講師を交えた討論会も行われ、テーマのさらなる深掘りがなされました。

[片柳真理氏 プロフィール]広島大学 総合科学部・大学院人間社会科学研究科 教授。イギリス・ウォーリック大学法学博士号取得。国連PKOに参加し、またボスニア・ヘルツェゴビナ上級代表事務所で政治顧問を務めるなど、旧ユーゴスラビア地域において約10年間にわたり国際実務に従事。2014年より現職。専門は国際人権法、平和構築、平和維持。
紛争地で生まれた「平和のためのビジネス」

ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下、ボスニア)は、1992年のユーゴスラビアからの独立後、1990年代に激しい民族紛争を経験しました。特に1995年の「スレブレニツァの虐殺」では、8,000人以上のイスラム教徒男性が犠牲となり、世界に深い衝撃を与えました。犠牲者の遺族となった女性たちは、後に手工芸品の製作・販売を通じて自立を目指す企業「BH crafts」を立ち上げます。片柳教授は、ビジネスが社会的分断を乗り越え、人々に尊厳と希望を与える手段となり得ることを、「BH crafts」の事例を通じて強調しました。

ビジネスと人権・紛争の接点

続いて、ビジネスが人権や紛争といかに関係するかについて論じられました。1990年代以降、多国籍企業による搾取工場や劣悪な労働環境が社会問題となり、CSR(企業の社会的責任)への関心が高まりました。2013年のバングラデシュのラナ・プラザ崩壊事故では、安全を軽視した工場で多数の死者が出たことにより、企業の人権尊重が世界的課題となりました。2000年以降、企業自身が国連の規範形成に関わり、責任ある行動を求められるようになっています。

ビジネスと紛争の関連性にも言及がありました。2018年にノーベル平和賞を受賞した、コンゴ民主共和国の医師ドゥニ・ムクウェゲ氏の活動を通じて、性暴力が紛争下で戦略的に用いられる実態や、その背景にある鉱物資源コルタンの存在が紹介されました。コルタンはスマートフォンなどに使用される鉱物であり、私たちの日常と紛争が密接につながっている現実が語られました。片柳教授の専門である「B4P(平和のためのビジネス)」は、ビジネス、人権、そしてSDGsの視点から構成されます。

たとえば、ルワンダのジェノサイド(ルワンダ虐殺)後、被害者と加害者双方に属する女性たちが共にコーヒー栽培・販売に従事した事例が紹介されました。ビジネスが対立を超えた協力を促し、共生社会の構築に貢献する可能性があることを示す好例です。

BH craftsの歩みと意義

「BH crafts」は、国連PKOや支援団体と連携し、紛争の被害を受けた女性たちの心理的ケアや生活再建を支援してきました。編み物や刺繍などの手仕事は、心の安定を促すとともに、新たな価値の創出にもつながりました。その後、オークションやファッションショーを経てNGO化し、さらにユネスコや世界銀行の支援を受けて発展しました。世界銀行のプロジェクト継続の打診に対して、参加女性たちが「ボスニアブランドを作りたい」と応じた言葉には、支援に依存するのではなく、自らの力で未来を切り拓こうとする意思が表れていました。

「BH crafts」の取り組みには、「平和のためのビジネス」の要素が見られます。共通の利益を通じて協働を生み出し、共感を広げながら持続的な関係を築くことで、紛争によって損なわれた尊厳の回復に寄与しています。また、ローカルオーナーシップ(地域主導の取り組み)の促進や個人のエンパワーメント(自己の力を高めること)、政治的分断からの距離を取る姿勢、そして地域社会の信頼構築といった側面もあわせ持っています。

討論会でのさらなる深掘り

講演後には、国際共創学部・友次晋介准教授が司会を務め、小川未空講師が討論者として登壇。片柳教授に対して次のような質問を投げかけ、理解を深めました。

討論・質疑応答
[司会]友次 晋介(大阪経済大学 国際共創学部 准教授)
[討論]小川 未空(同 講師)
討論では、小川未空講師が討論者を務め、片柳教授に対し3つの質問を投げかけ、「平和のためのビジネス」という概念のさらなる掘り下げが行われました。

小川講師からの質問
1. インフォーマル経済の役割と課題
紛争社会において、政府の統制や法的手続きの枠外にあるインフォーマル経済がどのように分断の克服に寄与し得るか。また、その一方で国家経済への反映の難しさや、紛争当事者自らが主導する活動形態「下からの平和構築」がかえって分断を助長する可能性について。
2. 新たなテクノロジーの影響
アフリカのモバイル送金の事例を踏まえ、生成AIのような新技術が紛争下のビジネスや生活に与える影響について。
3. ジェンダーと家庭内の力学
紛争によって男性が働けなくなり、女性が家計を支えることで生じる夫婦間の不和や、男性の尊厳喪失といった問題について。

片柳教授の回答
片柳教授は、紛争直後にはフォーマルな経済だけでは人々の生活が立ち行かないため、インフォーマル経済が重要な役割を果たすと述べました。その一方で、国家に対する信頼の欠如から、インフォーマル企業が制度への参加を避ける傾向があることに触れ、将来的には国家の信頼性や制度の強化を視野に入れる必要があると指摘しました。
テクノロジーの活用については、難民支援が物資配布からインターネットバンキングによる現金給付へと変化している現状を紹介。こうした動きは、難民の自立支援や新たなビジネス機会の創出にもつながっていると述べました。
ジェンダーの問題では、女性は被害者であると同時に、平和構築の主体でもあるとし、社会的役割の再構築の必要性を強調。特にボスニアでは、戦闘経験のない女性が他民族の女性と共感しやすいという側面もあり、新たな連帯の可能性に言及しました。

講演の締めくくりに、片柳教授は「紛争地のビジネスと日本がつながる可能性を考えてみください」と学生たちに呼びかけました。それは、国際共創の精神に基づき、ビジネスが平和と共生のために果たせる役割を信じる、力強いメッセージでもありました。

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