2025.08.20
イベント・講演会
日本のビール史とクラフト文化をたどる「ビールセミナー」を開催

2025年7月12日(土)、経済学部の上宮智之ゼミによる特別セミナー「ビールセミナー」が開催されました。本セミナーでは、日本で初めてビールを醸造したとされる幕末の蘭学者・川本幸民(かわもとこうみん)の功績に着目し、その足跡から現代のクラフトビール文化までを体系的にたどりました。会場では、一般参加者を対象とした試飲会も実施され、多彩なビールの魅力に触れる機会となりました。なお、本セミナーは今年の三田ビール検定に向けたオープンセミナーにも位置づけられました。

第1部:川本幸民とビール(発表:経済学部3年生 矢田将之さん)

上宮ゼミの矢田将之さん(経済学部3年)が登壇し、日本におけるビール醸造の起源とされる川本幸民について研究成果を発表しました。幸民は1810年、三田藩(現・兵庫県三田市)に生まれ、「化学」という言葉を日本で初めて使用した人物として知られます。水素や酸素といった理科用語の普及をはじめ、マッチの製造や写真機の製作、さらには薩摩藩主・島津斉彬の依頼により蒸気機関の模型を製作するなど、多岐にわたる功績から「日本化学の祖」とも称されています。

ビールに関する取り組みとしては、1836年に蘭学者・高野長英が記した『二物考』や、幕末期の蘭和辞典『蛮語箋』など、オランダ語の文献から得た知見を背景に、1853年のペリー来航時、幸民が黒船に乗船し初めてビールを口にした体験に端を発します。味に感銘を受けた幸民は、自宅の庭でビールの味を再現しようと試みたとされ、浅草・曹源寺で行われた試飲会には緒方洪庵や桂小五郎など、幕末の著名人が参加したという逸話も紹介されました。

また、唯一ビールの醸造について記した著作『化学新書』の第488章には、麦芽・水・ホップを用いたレシピや、アルコール度数、保存方法に関する記述が残されており、幸民がビールをワインに次ぐ重要な酒として認識していたことがうかがえます。現在も、幸民の功績は三田市内の小学校に設けられた顕彰碑や、「三田ビール検定」(三田市主催)などを通じて顕彰されています。

第2部:幕末のビール「幸民麦酒」の再現(講師:小西酒造株式会社 辻巌氏)

小西酒造株式会社(兵庫県伊丹市)生産部顧問の辻巌氏が登壇し、川本幸民のビール醸造と、その再現に取り組む同社の取り組みについて解説しました。創業475年を超える歴史をもつ同社は、清酒を中心に、ベルギービールの輸入、さらには幕末の製法に基づいた「幸民麦酒」の製造など、多角的な醸造事業を展開しています。

辻氏は、日本のビール史をひもときながら、幸民の功績が文献に限られており、広く知られていない現状にも言及しました。幸民以前の記録としては、1807年にオランダ商館の医師ドゥーフが麦汁の製造に成功したものの発酵には至らなかった事例や、1613年に平戸(長崎県北部)へ来航したイギリス船にビールが積まれていた記録、1724年にオランダ商館長が江戸でビールを提供した記述など、輸入と製造の歴史の広がりが紹介されました。

また、幸民が参考にしたとされるドイツの書籍『化学の学校』(1846年)には酵母の図解が含まれており、清酒の酒母の知識を通じて酵母の働きを理解していた可能性にも触れました。酵母の発酵作用が科学的に解明されたのは、1860年代以降、フランスの化学者・パスツールによる研究によってであり、幸民の取り組みは時代を先取りするものであったと位置づけられます。

同社が製造する「幸民麦酒」は、『化学新書』の記述に基づいて再現されたクラフトビールであり、幕末当時の味わいを現代に蘇らせた商品として紹介されました。

第3部:クラフトビールの多様性と魅力(登壇:キリンビール神戸工場 クラフトアンバサダー)

キリンビール神戸工場のクラフトアンバサダー5名が登壇。「クラフトビールの世界」をテーマに、製造者としての思想や技術、多様なスタイルとその奥深さについて語られました。

クラフトビールは世界に150種類以上のスタイルがあり、大別するとラガー(すっきりした味わい)とエール(香り高く複雑な味わい)に分けられます。日本ではラガーが主流ですが、近年は、ホップを主役にしたIPAやペールエール、麦芽の焙煎度合いや種類で味が変わる白・黒ビール、野生酵母を使ったランビックやサワーエール、フルーツを使ったフルーツビールなど、多様なスタイルが注目されています。原料や製法、酵母の違いによって風味が大きく変化する点がクラフトの魅力であると解説されました。

キリンビールでは、従業員がクラフトビールの魅力を社内外に広めるクラフトアンバサダーとして活動するほか、2025年3月にはクラフトビールブランド「SPRING VALLEY」をリブランディング。クラフトビール文化のさらなる発信拠点としての役割を担っています。

また、料理とのペアリングやグラスによる味の違い、注ぎ方(「三度注ぎ」「スワリング」「シャープ注ぎ」など)による香りや苦味の引き出し方も紹介され、ビールを深く味わうための知識が共有されました。

試飲会

セミナー終了後には、クラフトビールの試飲会が開催され、小西酒造の「幸民麦酒」に加え、キリンビール「SPRING VALLEY BREWERY」ブランドから「豊潤ラガー496」「シルクエール<白>」「JAPAN ALE<香>」の3種が提供されました。参加者はそれぞれのビールを飲み比べながら、注ぎ方やペアリングのレクチャーを受け、クラフトビールの多様性を体感しました。

キリンビール神戸工場のクラフトアンバサダーは、「人にもビールにも個性がある。クラフトビールへの挑戦を通じて、新しい魅力を社会に届けていきたい」と語りました。

関係者の声

上宮智之 准教授(経済学部)
本セミナーは、2年前のゼミ生が日本人初の商業的ビール製造者・渋谷庄三郎を研究テーマに選んだことをきっかけに始まりました。学生たちは調査を重ねる中で川本幸民の存在に出会い、「三田ビール検定」への挑戦やキリンビール神戸工場の視察など、実体験を通して学びを深めてきました。本セミナーは、その成果を発信するとともに、同検定のオープンセミナーとしても位置づけられ、多くの気づきと交流の場となりました。

矢田将之 さん(経済学部3年)
約1年をかけて川本幸民に関する研究に取り組み、彼の人物像や業績への理解を深めてきました。上宮先生や先輩方とともに「三田ビール検定」を受験し、フィールドワークを重ねる中で、「全体を俯瞰する視点」と「特定テーマを深掘りする姿勢」という研究の基本姿勢を学ぶことができました。

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