2025年10月15日(水)、経済学部「大阪の経済と文化」の講義にアグネス・チャン氏をお迎えし、特別講義を実施しました。アグネス氏は2024年度、本学の客員教授に就任。芸能活動にとどまらず、エッセイスト、ボランティア活動、大学教授など、幅広い分野で活躍しています。
今回の特別講義では「大阪から社会に貢献するために~学生生活のなかでできること~」と題し、アグネス氏が歩んできた道のりの中で得た気づきを踏まえ、学生たちがこれからの社会で活躍し貢献するためのヒントについて、お話しいただきました。
これからの社会に貢献できる人材になりたいと考えた時、どのように行動していけばいいのでしょうか。アグネス氏はまず、自己肯定感を高めることの大切さを語りました。「自分を受け止めて価値ある人間だと疑いなく信じることです。それができれば、未来が変わります」と話し始めます。
アグネス氏は中学生の時、ボランティア活動を始めました。そこで出会ったのは、身体が不自由であるなど、厳しい状況におかれている子どもたちです。優秀な2人の姉と比較されて自信がなく、自分だけが不幸だと思っていたアグネス氏は、自己中心的な小さい世界で生きていてはいけないと、彼らとの出会いを通じて気づいたそうです。
子どもたちのために何かしたいと考え、極端な照れ屋だった自分の殻を破りました。福祉施設で足りていない分の食事を分けてもらうため、在籍する学校の昼食時に生徒の前でリクエストに応えて歌いました。「自分のしたことで誰かが助かる、少しでも幸せになると実感した時、人の中にある本当の力が出てきます。人を愛する力、思いやる力は、人が持つ最も大きな力です。それを子どもたちに教わったから、自分の中の力を見つけて自信を持てるようになりました」
歌という力を見つけたアグネス氏は、14歳でスカウトされ歌手の道に進みます。「皆さんは今、自分の力に気づいていますか。まずは何でもいいから得意を活かして、人のためにできることをやってみましょう。何か貢献できるものを見つけ、自己肯定感を高めましょう。そうすると、毎日が楽しくなるし、活力も出てきます」と、学生たちに呼びかけます。
次にアグネス氏は、アイデンティティを認識するために、3つの質問を自分に投げかけることが大切だと話します。まず、「私は誰か」という問いです。自分自身や家族のこと、そして通っている学校や住んでいる地域・国、地球など、自分がどこに所属しているのかを改めて知ることで、自分が立体化されてきます。
そして、「どうして今、ここにいるのか」「これからどこへ向かいたいのか」という残り2つの問いに向き合うことで、自分の歩むべき道が見えてくるというわけです。「自分に正直になって3つの問いに答え、後悔のない人生を歩んでほしい」と話しました。
心理学では、人の思考には“固定思考”と“成長思考”の2つの傾向があるとされています。本来は誰もが成長していく余地があるのに、何も変わらないという固定思考を持ってしまっている若者が多いと、アグネス氏は感じているそうです。それを切り替えなくては、次のステップに踏み出せないと指摘します。
アグネス氏は、好きな日本語として「無我夢中」を挙げました。「無我夢中な人は輝いています。自分が夢中になれるものは何か、自分の世界を広げてたくさんの人と付き合う中で、積極的に探していきましょう。あなたの貴重な人生ですから、『私には何もない』と言い続けるようなつまらない人生を送ってはだめです。無我夢中になれることを見つけ、自分を好きになってください」
また、今年で70歳になったアグネス氏ですが、周囲から驚かれるほど若々しく、さまざまな活動に意欲的に取り組んでいます。その秘訣は「好奇心を持ち続けること」だと明かしました。「好奇心は、若さ、努力、向上心の源です。好奇心をなくさずに学び続けていくのは、楽しく生きていくための大きな条件だと考えています。大阪経済大学にも、好奇心を刺激する素晴らしい学びがあります。先生方は、学生の皆さんがたくさん質問してくれるのを待っているでしょう。教室に入る時には優秀じゃない学生でも構いません。教室から出る時に最も優秀な学生になることを目指しましょう。一生学んでいくのは、自分の大きな力になります」
周囲の人々から得た多くの学びを糧にしながら歩んできたアグネス氏。スタンフォード大学の博士課程に入学した時、教授から「人がやっていないことを君がやりなさい。人がすでにやったことは、君ならもっと良くできます。それが、スタンフォード大学が一番大切にしていること。あなたにできることがありますか」と問われたといいます。この言葉を今でも心に置き、自分にできることは何かを考え続けているそうです。
アグネス氏の母は、「傑物になるには元が固くないといけない」という言葉を子どもたちに言い聞かせていたそうです。これは、自分を強くしていこうという意味です。「元が良くなければ、どれだけ頑張っても良いものにはなれません。だから、今に満足しないで常に学び、強くなっていきましょう。自分は成長できる、強くなれると信じられるかどうかで、人生の満足度は大きく変わってくると思います」
父からは、「悩んだ時には最も難しい道を選びなさい」と教わりました。難しい道を選べば、成功した時の達成感も大きく、たとえ失敗したとしても多くの学びを得られるという考えが込められた言葉です。
スタンフォード大学に入学が決まった時には、結婚して幼い長男がいた上に、次男を妊娠したことが分かり、一度は入学を諦めかけました。しかし、教授に説得され、父の言葉を思い出して入学を決意。子育てをしながら論文を書き上げて博士号を取得した時には、初めは絶対に無理だと思ったことをやり遂げて自信がつき、自身の選択が間違っていなかったことを確信したといいます。「人生は選択の連続です。今日の選択は明日に影響し、明日の選択は明後日に影響します。賢い選択をし続ければ、どんどん上へのぼっていけます。チャンスがあれば走り、下り調子の時に足踏みするのも、賢い選択です。そして、賢い選択をするには、勉強、成長思考、失敗を恐れないことが必要です」
講演を締めくくるにあたり、アグネス氏はもう一つ好きな日本語を紹介しました。それは、感謝の気持ちを表す「おかげさま」です。「今の私があるのは、たくさんの人が応援してくれて、私ならできると信じて仕事やチャンスをくれたからです。社会には、影ながら私たちの毎日の生活を支えてくれる人もいます。感謝の気持ちがあれば、たとえ辛い体験をしてもそこから成長できます。何が起ころうとも、自分がどのように対応するかで人生は変わっていきます」
努力を惜しまないことの大切さも強調しました。損得を考えず、120%の力を出して取り組むことで、周囲から認められ、自分の力にもなります。アグネス氏が50年間にわたって芸能界で活躍できたのも、「次も番組に呼んでもらえるように精一杯の力で仕事に取り組み、努力したからです」と話しました。
最後にアグネス氏は、「特別なことを成し遂げて社会に貢献できれば素晴らしいけれど、自分の力を見つけて人を思いやる心を持ち、その思いを強くしていけば、それだけで十分な社会への貢献です。一生懸命に生きること、自分を信じること、愛することこそ、あなたを信じて支えてきてくれた親や先生への最高の恩返しになります」と、学生たちに温かなエールを贈りました。
講演後には、山本俊一郎学長も交え、質疑応答の時間が設けられました。学生から寄せられた様々な声に、真摯に向き合い丁寧に回答するアグネス氏の姿が印象的でした。
※本講義に関する記事が、2025年11月16日付 産経新聞朝刊に掲載されました。