2026.02.26
イベント・講演会
小野善康特命教授による講演会「資産選好で読み解く資本主義経済の変遷」
資本主義経済における成熟期の課題と解決策とは

2026年2月3日(火)、大阪経済大学特命教授 小野善康氏による「資産選好で読み解く資本主義経済の変遷」と題した講演会を実施しました。マクロ経済学の専門家であり、中でも不況に関わる理論研究を行ってきた小野氏は、「資産選好」という視点から資本主義経済の変遷について分析。経済成長の停滞や格差拡大といった資本主義経済における成熟期の課題を指摘し、その解決策についても提言しました。

[小野善康氏プロフィール] 東京工業大学 工学部卒業、東京大学 経済学研究科博士課程修了。武蔵大学、ロンドン大学LSE、大阪大学 社会経済研究所、プリンストン大学、ブリティッシュ・コロンビア大学、世界銀行と国内外の大学・機関で研究に従事。2010年、内閣府 本府参与 経済社会総合研究所所長。2016年から、大阪大学 社会経済研究所特任教授。2024年に大阪経済大学 経済学部客員教授、2025年に大阪経済大学特命教授に就任。
長期停滞経済の背景にあるのは、資産選好

小野氏が考える理論のキーワードは、「資産選好」です。これはお金を貯めたいという人々の要望を指します。小野氏は、この資産選好という考え方に基づいて経済の動きを分析・考察してきました。一方、従来の経済学では、「消費選好」を軸にして経済の理論や政策を考えていくのが主流でした。物やサービスを欲しがる人々の要望によって、経済が動いていくという考え方です。

高度成長期の日本のような成長経済においては、消費選好が資産選好を大きく上回っていました。小野氏は「生産性が低い一方で旺盛な消費需要があり、“生産力”の限界が経済成長の限界でした。生産力を増やせば物は売れるので、勤労努力が経済成長に直結した時代です。どんどん生産して消費がさらに伸び、経済は活性化していきます」と説明します。

しかし、そのうちに生産力が拡大して必要な物が行き渡り、需要は頭打ちとなります。消費意欲が落ち着くと、お金を貯めようと人々の意識は変化します。消費選好よりも資産選好が上回った状態です。“生産力”ではなく、“消費意欲”の限界が成長の限界へと変容しました。「これが今の停滞経済の背景です。こうした状況下で目指すべきは、需要の拡大です。需要を拡大しないで生産力を上げていくと、停滞が長期化してしまいます」

資産選好が強い経済社会では格差が拡大

資産選好は「経済格差を拡大する」と、小野氏は指摘します。社会がそれほど豊かでない時なら、消費選好が強いので、所得が増えた人は消費に回します。経済的に豊かな者が消費すれば、経済活動が活性化し、社会全体に恩恵が広がっていくと考えられています。トリクル・ダウンという経済理論です。ところが、資産選好が強くなった資本主義の末期には、富裕層は消費を増やさず貯蓄するだけ。貯蓄が増えればうれしいという発想なので、土地や株に投資します。

「資産投資に対する税額控除といった経済政策を実施しても、投資によって富を得た人が消費に回さなければ意味がありません。一部の富裕層だけが巨万の富を得て、株価は上昇していくけれど、消費しないのでトリクル・ダウンは起こらず、経済は活性化しない。社会全体は豊かにならないままで、不況は続き、社会の不安定化が進んでいきます。資産価格高騰こそが格差拡大の源泉なのです」

成長経済期と成熟経済期における格差の違いについても説明しました。「成長経済期の格差は、自己責任。個人の能力差や努力による健全な競争で、頑張れば全員合格可能な資格試験のようなもの」と、小野氏は言います。懸命に勉強し、あるいは技術を磨いた勤勉な者は高い賃金を得て、所得格差が生じます。将来を考えて質素倹約に励んだ者は資産を増やせます。個人の努力が経済成長にもつながります。

その一方、成熟経済期では需要が足りないので、たとえ同じ努力をして能力を持っていても、一部の人しか職を得られないという状況が起こります。正規・非正規就労でも所得格差が生じます。また、貧しい家庭に生まれた者は貯蓄する余裕がなく、豊かな家庭では資産相応の消費をせずに貯蓄が増えていきます。「成熟経済期における競争は、個人の努力や能力にかかわらず、必ず勝者と敗者が生まれる選抜試験です。格差は必然で、自己責任ではなくて運によるもの。こうした社会では、格差は広がるばかりです」

実際、小野氏が示した、所得階層別家計消費と家計純金融資産の統計をみると、2010年から2015年の間に、どの所得階層でも消費額はほとんど伸びておらず、家計純金融資産は約1.5倍に増えています。「増加した資産を持っているのは一部の富裕層です。マクロでみれば豊かになっているのに、トリクル・ダウンは起こらず、不況は続いています。これが資本主義経済の行きつく先です」と話しました。

長期停滞経済から抜け出す対策は、再分配とイノベーション

こうした成熟経済下で必要な対策は、「消費過小な富裕層から庶民への再分配、あるいは消費を刺激するような技術進歩しかないと考えています」と、小野氏は言います。「一律の減税やばらまき政策は、資産選好が強い中では需要につながらず、経済政策として効果がありません。さらに富裕層と庶民の格差が広がるでしょう。経済の安定のためには、税制改革や社会福祉政策による再分配を行っていく必要があります」

また、イノベーションは代表的な経済政策の一つですが、「イノベーションは景気を悪化させる可能性がある」と指摘しました。まず、生産性を拡大するプロセス・イノベーションは、成長経済に対応した政策であり、成熟経済下では生産力が過剰になって景気の悪化につながります。品質改善や新製品開発を行うプロダクト・イノベーションについても、ほとんどは今まであった製品やサービスの代替品であり、他社のシェアを奪うだけで総消費量は変わらず、景気とは無関係であると言います。

では、経済を良くする可能性のあるイノベーションにはどのようなものがあるのでしょうか。小野氏はいくつかの考えを示しました。一つは、中毒性のある製品の開発です。例えばスマートフォンやゲームといった中毒的・依存的な製品は、消費の伸びが続くので景気を刺激できます。「健康に悪い影響を与えない中毒的な製品をぜひ開発してもらいたい」と、企業への期待を述べました。

もう一つは、既存品を無力化し、新たな消費習慣を創出すること。産業革命、第二次世界大戦後の日本やドイツの復興、電化製品が浸透した1960~70年代のような、これまでの生活習慣を大きく変えるイノベーションです。「発展途上状態を再現するということ。生活パターンの変化によって需要が膨大に増え、成長経済となります。ただ、普及すればその成長は終わるので、イノベーションを継続していく必要があります」

次に、人為的に起こせるものとして、規制が促すイノベーションを挙げました。例えば、1960年代にアメリカから始まった厳しい排ガス規制により、排ガス関連の技術が進歩して自動車産業は大きく業績を伸ばしました。日本で家電省エネ規制や住宅規格規制を実施した際にも、新技術や付加部品が必要となり、関連企業の売上拡大や雇用増、消費税収増といった効果をもたらしました。環境規制では、再生可能エネルギーなど代替エネルギーの促進により、新たな需要を生み出すことが可能です。

小野氏は、「規制が促すイノベーションを実現することは実に難しいけれど、政治、産業界がリーダーシップをとって取り組んでいってほしい。停滞経済から抜け出すためには、ばらまき政策のような成長につながらない経済政策ではなく、成熟経済に見合った対策を考えていかなければなりません。また、国民の皆さんにも、経済成長のために必要な行動は何かを考えてほしいと思っています」と語り、講演を締めくくりました。

小野氏が提唱する「資産選好」という理論には説得力があり、なぜいつまでも不況が続き、さまざまな経済政策も景気を刺激することができないかがよく理解できました。従来の理論に固執することなく、経済成長に向かうための議論や行動が社会に広がっていってほしいと考えさせられる講演でした。

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