本学では2010年より、各メディアで活躍中の岡田晃氏(本学特命教授)がコーディネーターを務める実践的な経営学講座「北浜・実践経営塾」を開催してきました。2025年度は各界から講師をお招きして4回の講座を開講。2026年3月11日には特別編として、「令和の日本経済と大阪経済復活の展望~『昭和100年』の教訓とは?」と題した岡田氏による講座を実施しました。本学北浜キャンパスでの対面、およびオンラインの2方式で、計65名の方に聴講いただきました。
2026年は昭和改元100周年にあたります。この節目を機に岡田氏は、50年以上にわたって経済の現場で取材を重ねてきた経験をもとに、昭和の経済の歴史を改めて振り返り、激動の時代に経済成長を果たした要因を分析。令和の日本経済を復活させるためのヒントを探ります。
まず岡田氏は、「大正から昭和初期と、昭和末期から平成の時代には類似性があり、教訓とするべき事柄が見えてくる」と話します。平成の経済不況と同様に、大正から昭和初期にかけて、第一次世界大戦後恐慌や関東大震災、金融恐慌、世界大恐慌、昭和恐慌と、連続的な経済危機が起こりました。
この危機を救ったのは、高橋是清大蔵大臣が主導した経済政策でした。「金融恐慌時には多くの貨幣を早く流通させるため、裏面が白紙の200円札を増刷するなど、前例のない、思いきった政策を立案・実施したのです。世界大恐慌下でも、次々と迅速な対策を打ち出した結果、景気は早期に回復しました。適切な政策の大切さが分かります」
世界大恐慌期には世界中が厳しい状況にありながら、個々の日本企業は着々と実力を高めていたといいます。トヨタ自動車の源流である豊田自動織機が開発した最新鋭織機は、世界最大の英国紡績機械メーカーをも凌ぐ技術力を誇りました。松下幸之助が創業した松下電器産業(現 パナソニック)は研究開発を重ねて急速に成長し、昭和14年(1939年)にはテレビ受像機の試作に成功しました。岡田氏は、「すでに戦前の段階で、日本の技術や企業の力は相当なレベルに到達していました」と評します。
日本は第二次世界大戦後も、短期間で奇跡的ともいえる復興を遂げました。「焼け野原からの10年というスピード感は信じられない早さ。日本人の勤勉さと不屈の精神が原動力となったことは間違いないでしょう」
戦後復興後はそのまま高度成長期に突入。成長を支えたのは、世界で高品質の代名詞となった「Made in Japan」の実力です。岡田氏は、「旺盛な起業家精神と高い技術力を持つ日本企業は、ピンチをチャンスに変えてきました」と話します。終戦の翌年、昭和21年(1946年)に創業したソニーは、日本初のテープレコーダー、トランジスタラジオを開発し、海外市場にも進出。石油危機においても日本の各自動車メーカーは、燃費の良い小型車エンジンの改良を進め、輸出を拡大しました。
岡田氏は戦後の経済危機に触れ、再び政策の重要性について言及しました。東京オリンピック後の景気反動で起きた昭和40年不況は、対応を誤ると、昭和恐慌の再来になると言われるほどの深刻なものでした。しかし、当時の大蔵大臣である田中角栄と福田赳夫による政策が功を奏して危機を乗り越え、高度成長が持続したのです。
昭和48年(1973年)の第一次石油危機では、危機発生から約1カ月後、政府は石油総需要を抑制する政策を打ち出します。具体策の一つとして、5日後に迫っていた本州と四国を結ぶ3本の連絡橋の同時着工を中止しました。日本経済新聞社の愛媛県松山支局に勤務していた岡田氏は、その混乱の様子を現場で目の当たりにしたといいます。
「すでに着工式の準備も整っていた段階でしたが、事前の調整もなく突然の決定で、知事は本気で慌てていました。予想もしていなかった事態に直面してわずかな期間で、田中角栄首相の看板政策だった列島改造計画の目玉プロジェクトを中止した決断力に驚かされました」
続いて岡田氏は、現在の日本経済の状況についての考えを述べました。「バブル崩壊からの長いピンチの時を経て、ようやく日本経済はチャンスを掴みかけている」と言います。その根拠として、いくつかの統計データを示しました。
2025年の実質GDPは前年比1.1%のわずかな伸びですが、物価変動の影響を考慮しない名目GDPに着目すれば、実額は662兆円余りで前年比4.5%増、4年連続で過去最高でした。このほか、上場企業純利益、資本金1億円未満の中小企業の経常利益と売上高経常利益率のデータでも、連続して過去最高を記録しています。「記録的な経済指標が続々と出ていることから、経済の状況は着実に良くなっていると言っていいでしょう」
現在の日本経済を後押しするものとして岡田氏が注目するのは、“日本ブーム”です。25年の訪日外国人の総数は前年比15.8%増の約4,268万人で、過去最高です。コロナ禍以前に過去最高だった19年と比較すると、総数は約34%増。しかも、「インバウンドの中身がかなり変化している」と、解説します。19年には総数の約3分の1を中国からの訪問者が占めていました。ところが今は、幅広い国・地域からの訪問者が増加。中東やメキシコ、インド、ヨーロッパの中でもスペイン、イタリア、ドイツといった、今まであまり日本を訪れていなかった国・地域の伸び率が高くなっています。
滞在中の楽しみ方も変化しました。以前はショッピング(爆買い)中心でしたが、現在は平均滞在日数が増え、多様な都市を訪れ、さまざまな体験を楽しんでいます。「サンプル調査のデータによると、日本滞在中に使った額は25年で9.5兆円です。インバウンドは一種の輸出産業のようなもの。日本の輸出産業の1位である自動車に次ぎ、実質的に2位の経済規模に達しているのです。ホテルの増築や雇用増、道路整備といったインバウンドに対応した経済効果も発生しますから、日本経済に大きな影響を与えています」
農水産物・食品の輸出額も年々増加しています。過去14年間にわたって過去最高を記録し続けており、25年の農林水産物・食品の輸出額は1.7兆円。「実は、農業といった今までは外需というのをあまり意識しなかったような分野でもチャンスが出てきています。本当に日本ブームと言っていいような状況が生まれているわけです」と、岡田氏は話します。
このように、昭和の歴史を振り返り、現在の状況を説明したうえで、岡田氏は「昭和の歴史から学んでその教訓を活かし、ピンチをチャンスに変えてきた先人たちのDNAを受け継いでいくことで、元気な令和経済を実現できるのではないか」と話しました。
「なかでも、松下幸之助のパナソニックをはじめ、三洋電機やシャープに代表される関西経済界は、昭和の日本経済を牽引してきた歴史があります。『北浜・実践経営塾』でも100名近くのさまざまな業界・分野の方々に講話いただきましたが、起業家精神、バイタリティにあふれた関西らしい経済人ばかりでした。皆さんも、そうした歴史を今一度思い起こし、令和経済の復活を牽引していくんだという心意気を持ってほしい」
また、長く苦しい時代が続いたことで、「メディアも一般の方々も、悲観的な情報にばかり目を向けがち」だと指摘します。「経済の状況は改善し、日本ブームといった新しいチャンスも生まれているのに、それらに目が向いていないと感じます。もちろん、見えたからといって、自動的に状況が良くなるわけではありません。ピンチの時の失敗や苦しさを次にどう活かすか、その前向きな努力があってこそ、チャンスを掴むことができます。ただ、チャンスを見過ごしてしまっては、決してものにすることはできないのです。慎重に物事を見るのは大切だけれども、過度な悲観論からは脱し、思考回路を前向きに変えていってください」と語り、岡田氏は講座を締めくくりました。
<講演の参考図書>
岡田晃著『経済で読み解く昭和史』(PHP新書)
2010年から続いてきた「北浜・実践経営塾」は、今回が最終回です。コーディネーターである岡田氏に尽力いただき、97名の講師による講座を開催しました。経験に裏打ちされた講話の数々は聴講者の皆さんにとって、企業経営やビジネス戦略に活かせる有益な視点や情報を得られる機会となったのではないでしょうか。