2026.04.15
研究・産官学連携
中国経済を襲うバブル崩壊の危機に日本の経験はどう活かせるか?最先端の研究で迫る「等身大の中国」の姿

福本 智之
大阪経済大学 経済学部・経済学研究科教授。1989年、京都大学法学部卒業後、日本銀行入行。北京事務所長、国際局長などを歴任。2021年から現職。研究テーマは中国のマクロ経済、金融構造の変化。著書に『中国減速の深層』(2022年、日本経済新聞出版)など。
貿易をめぐる摩擦や規制強化、不動産バブルの崩壊、急速に進む少子化。中国経済は不安定な状況が続き、日本をはじめ周辺国への影響も懸念されています。日本銀行の北京事務所長、国際局長などを歴任した福本智之教授に、中国経済のダイナミズム、そして日本に求められる対応について伺いました。

日銀での豊富な実務経験を活かし、マクロデータと現場の声から読み解く

Q.どのような問題意識から中国経済を研究されているのでしょうか?

私が初めて中国を訪れたのは、日銀在職中の1995年のことでした。当時、中国のGDPは日本の6分の1ほど。実際に訪れてみると、社会システムにはまだ非効率な所がありましたが、非常に勉強熱心な人が多いことが印象的でした。これから先、急成長を遂げるであろう中国との関係が、日本にとって大きなテーマになる。そう確信し、それからは中国経済に関するさまざまなデータを分析しつつ、折に触れて現地にも足を運びながら実態把握に取り組んできました。
近年、特に注目しているのは、不動産市場の動向です。今や中国は世界最大の製造拠点・輸出基地に成長し、GDPは日本の4.5倍にのぼります。一方で、2021年に不動産バブルが崩壊し、これが国全体を揺るがす大きな脆弱性となっています。バブル崩壊の原因やその影響、対応のあり方などについて、1990年代に同じくバブル崩壊を経験した日本との比較を取り入れて研究しています。
不動産バブル崩壊がもたらす課題のひとつが、国内需要の落ち込みです。現在の中国は、製造業は大きく成長する一方で、家計消費や投資が減速し、内需が非常に弱い状況となっています。結果として輸出にドライブがかかり、貿易黒字は1.2兆ドルという未曾有の規模に。この不均衡に中国はどう対応していくべきなのか、需要と供給のバランスの面から分析することも重要な研究テーマです。

Q.研究を進めるうえで、とくに大事にされていることはありますか?

日銀時代に教わり、今も肝に銘じていることがあります。金融政策の判断材料となる調査は、データ分析だけではなく、それを裏づける生の声を聞いたうえで総合的に結論を出す必要があるということです。私の研究では、マクロデータを分析するのはもちろんですが、日銀時代の人的ネットワークも活用して、現地のエコノミストや経営者、金融機関職員などと面会し、ヒアリングを重ねています。不動産不況と一口に言っても、その詳細な実情は人々の声を丁寧に聞き取らなければ見えてきません。
少し具体例をお話ししましょう。中国の慣習では、住宅の売買は予約販売が主流となっています。ところが現地の人に話を聞いてみると、近年はこの傾向が変化しつつあるようです。バブル崩壊によって多くのデベロッパーが経営不振に陥っており、予約購入後に引き渡しの遅延や工事中断が相次いでいるため、人々は予約購入を避けるようになっているというのです。その話をもとにデータを当たってみると、たしかに住宅の予約販売の売上は急速に下がっており、一方で完成済みの物件の売上は微増していることがわかりました。このように、データ分析と聞き取りを繰り返していくことで、その実相への理解が深まっていくのです。
研究のアプローチとして、日本との比較も重要です。たとえば、日本の場合は不動産バブルの崩壊が銀行の不良債権に直結して経済全体に大打撃を与えましたが、中国の場合、経済全体への影響の波及が比較的ゆっくり進行しています。この違いは、予約販売のためデベロッパーの手元には一定の現金があり、銀行借り入れに頼る割合が低かったことに起因しているようです。とはいえこれも時間の問題で、デベロッパーが破綻すれば消費者や建設会社にしわ寄せが行き、最終的には銀行が経営危機に陥ることが当然予想されます。しかし中国国内ではこのシナリオが今ひとつ理解されていないようで、政府はまだデベロッパーに対する公的資金の投入に踏み切れていません。研究者としては非常に歯がゆいところです。
中国の方々と話していて感じるのは、「問題があまりに大きすぎるので、解決を時間に委ねるしかないのではないか」という空気です。同じ雰囲気はバブル崩壊後の日本にもあったのですが、結果として日本経済が被った傷は大きくなり、30年以上年続く不況につながっています。日本の事例から学んで、思い切った政策に舵を切ることができるか、注視していく必要があります。

Q.研究で得られた知見を、どのように社会に還元していきたいですか?

中国経済について語るとき、日本の人々はどこか感情的になってしまうように思います。隣国だからこその複雑な感情があるために、中国経済崩壊論か中国脅威論かという両極端な議論に陥ってしまうのです。政府の政策形成のレベルでも、企業や個人のレベルでも、正しい理解を阻むバイアスがかかっている現状に対して「等身大の中国」の現状をお伝えすることが研究者の役割だと考えています。
一方、中国に対して、外側からの視点を知ってもらうことにも大きな意味があります。万が一にでも中国経済が崩壊するようなことがあれば、日本も甚大な影響を被ることは間違いありません。日本の過去の経験を伝えることで中国経済の安定に貢献できれば、相互の利益につながるでしょう。今後もさまざまな形で双方に提言を行っていくつもりです。

Q.今後取り組みたいと考えている研究テーマについてお聞かせください。

現在、中国では急激な少子化が進行しています。これが経済社会に大きな影響を及ぼすと考えています。人口減少に中国社会がどう向き合っていくのかは大きな課題になるでしょう。
また、近年の重要な動きとして、人手不足から産業用ロボットやAI活用の急速な広がりがあります。もともと中国では若年層の失業率の高さが大きな社会問題になっていますが、A I の登場がホワイトカラー職の就職難に拍車をかけているという見方も出ています。この流れがどこに行き着くのか、中国社会の動向は、世界にも大きなインパクトを与えるでしょう。今後の研究で問題意識を持って掘り下げていきたいです。

日本からの視点で世界の経済を見通す大学院という貴重な学びの場

Q.経済学研究科の学びの特色や、教員として意識していることを教えてください。

本研究科には40名強の教員が在籍しており、マクロ経済、ミクロ経済から農業経済まで非常に幅広い分野をカバーしています。加えて、学生数に対して教員数が充実しているので、学生一人ひとりの関心に合わせて指導内容をカスタマイズして、本人のやりたいことをきめ細やかにフォローできることも特長です。
私が受け持つ学生も、研究テーマは中国の不動産問題からイギリスの金融政策までさまざまです。どのテーマに取り組むにしろ、まずはデータにしっかり当たってファクトをおさえ、先行研究への理解を深めることからはじめてもらいます。そのうえで、今までにない観点をどう付け加えられるかが大切です。特に「日本でそのテーマを扱うことにどんな意義があるのか」という視点を大事にしてもらっており、たとえば日本の政策との比較や、日本経済を考えるうえでの参考になるような観点を盛り込むようにアドバイスしています。
また、学会やシンクタンクの研究会などで発表する機会も、できる限り設けています。有識者の方々からコメントをもらうことは、研究をブラッシュアップするのに有益なだけでなく、学位取得に向けて実績を積み上げるという意味でも価値があるからです。教員として多くのチャンスを、学生には提供していきたいです。

Q.最後に、進学を考えている皆さんへのメッセージをお願いします。

本研究科では、研究者をめざす方だけでなく、企業などで活躍したい方、すでに社会で活躍されている方など、どんな方にも良質な学びの場を提供しています。学部を卒業してすぐ進学するのも素晴らしいのですが、社会人を経験し、そこで培った問題意識をもって研究することもおすすめしたい。学術的なフレームワークを持つ教員の指導を受けながら、実務経験のなかで得た課題やテーマを体系立てて整理していくことは、社会人として引き続き活躍する上でも大いに役立つはずです。
私自身、日銀在職中にアメリカに留学させていただいた経験があります。そこで中国経済についての何本かの論考をまとめた経験が、結果的にはその後のキャリアにもプラスに働きました。一度腰を落ち着けてじっくり考える時間をつくることで、視野の広さと思考の深さが一気に増すのだと思います。もちろん、人と違う道を選べばそれなりに苦労はついてきますが、それ以上に何ものにも代えがたい経験になるでしょう。

Column

経済発展とともにマナーも変わる
中国を見てきて大きく変わったと感じるのが、人々のマナーです。30年前はバス停でも人々は列をつくらず、一斉に乗車口に殺到するありさまでした。ところが、経済発展とともに社会のあらゆる面で効率化が進展。2013年に訪問した際には、博物館の待機列に横入りしようとする人を、みんなで手を繋いで阻止する場面もありました。最近驚いたのは、自動車が横断歩道でピタッと停車するようになったことです。というのも、都市部ではあらゆる場所に監視カメラが設置されているからです。少し怖い気もしますが、中国の人々はそんな現状に安心感を覚えているようです。個人的には、昔の雑然として賑やな中国が懐かしくもありますが……。

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