「パティシエになりたいとかじゃなく、『お店を持ちたい』って書いてあるんです。みいちゃんは外にでたら動けないし喋れないというのを自分で理解しています。でも自分の居場所があったら、お店があれば変われるかもしれないという気持ちがあったのだと思います」
子どもたちはこのような心の叫びを直接伝えるのではなく、どこかに少しだけ残すのだそうです。「こういう時に周りの大人がどう導くかで子どもの人生は変わります。小さな発信を絶対に見落とさないでほしいです」と杉之原さんは訴えました。
みいちゃんの心の声を受け取った杉之原さんは、「ケーキ屋さんという環境を与えてあげたら、病気を治す『特効薬』になるかもしれない」と思い立ち、長野大学の高木教授の講演を元に「場面緘黙の症状を改善に向けた10年治療計画」を制作し、9月にはお菓子工房の建設に着工しました。2020年1月には「みいちゃんの菓子工房」が完成。杉之原さんがオーナー、みいちゃんが店長という形でプレオープンしました。
「工房を開いた当初は、みいちゃんの体が自由に動いて喋れるようになればと思っていましたが、ケーキで自分を表現するみいちゃんを見ているうちに、声は必要ないのかもと思うようになりました。いつか自分で話したいと思う日が来たら、話してくれると思います」
夢への障害になる特性も、支援者の寄り添い方で武器になる
みいちゃんは、場面緘黙だけではない表に出ない特性もあり、その側面がパティシエの夢に多くの障害を生んだそうです。
杉之原さんによると、「特性は裏返せば武器」であり、できないことが多い代わりに、できることは人間の能力の最大値まで発揮できるといいます。実際に、みいちゃんは物事を映像化して理解するため、ケーキを食べれば作ることができます。視覚優位なので綺麗なもの・かわいいものを敏感に察知でき、他にない豊かな表現力を持っています。
また杉之原さんは、特性や苦手なことは個性と言い換えることができ、個性を生かせるこれからの時代ではメリットになるとも語ります。みいちゃんは、ケーキに顔を作って自分の感情を表現することでお客さんとコミュニケーションを取っており、それが「メッセージ性のあるお菓子を提供する唯一無二のケーキ屋」という付加価値を生み出しています。しかし、決して間違えてはいけないのは、障害を売りにしているわけではないということです。
「寄り添い方をちょっと変えるだけで、自分らしさを貫きながらお客さんも笑顔にできます。みいちゃんの姿を見て、苦手なことがいっぱいあってもよくって、得意なことで自分らしさを出せばいいのだと感じていただけたら嬉しいです」
みいちゃんが起こした小さな社会現象
「みいちゃんのお菓子工房」には、YouTubeでみいちゃんを知った子どもたちが詰めかけ、「みいちゃんみたいになりたい」という手紙が全国から届きます。みいちゃんの夢を追う姿が大学の教材になったことで、多くの学生も訪れるそうです。予想以上の反響に、「これからは経験してきたことを皆さんに伝えるのが自分たちの使命だ」と杉之原さんは感じたそうです。
講演の終わりに、「これまでみいちゃんの涙をたくさん見てきましたし、家族も本当に辛い時期がありましたが、その暗闇を経験してきたからこそ、1歩ずつ上がっていく小さなステップが何倍も嬉しく感じられます」と語った杉之原さん。その言葉にもマイナスをプラスに変えていく杉之原さんの強さが垣間見えました。
講演後の休憩時間には、みいちゃんの作ったお菓子が販売され、多くの参加者が詰めかけました。