卒業生・在学生からのメッセージ・エピソード


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  アジアに黒正イズムの具現化を
   経営学部経営学科  昭和49年3月卒業  笹山 徳治 様

(四川省人民政府 国際友好都市推進アドバイザー・さるかに共和国 官房長官)

 今年9月は、日中国交回復40年、大阪経大80年の記念年、改めて大学に入る経緯を思い出しています。
 戦前、中国研究の「シナ経済研究所」現在の大学院の建物の場所にあり、大阪市内の中国問題の講演会で、藤田敬三、中村九一郎先生の熱弁を聴く機会があり、興味を抱き入学しました。1971年のアメリカのニクソン大統領が訪中し中米国交を樹立した衝撃は、今日の日米関係のあり方、日本の進路を改めて問いかけています。独立国として自立出来ない国難、中東へのエネルギ政策、TPP参加とアジア諸国、中国政策に顕著に現れています。71年から72年9月の日本と中国の政治的変化をもたらした、影武者外交の名古屋の世界大会でのピンポン中国代表団、72年上海舞踏団「孫平化団長」大阪歓迎公演等のボランテイアに一兵卒として加わり、中国語学習にも弾みがつき、中国語の梅田教授、平井勝久講師「現名古屋大学教授」の助言で大学内で中国語サークルを作り、関西の現代中国研究会に顔を出すなど「語学研」を通し、他大学との交流も深まりました。
 幸運にも井上清「京都大学人文研究所教授」を団長とする代表団の一員として、1972年9月田中角栄首相の訪中、周恩来総理との日中共同声明発表国交回復直後の72年12月訪中しました。当時は、年間2000人の日中双方の往来、すべて香港経由で、広東、北京、上海、広西、湖南の歴史史跡、清華大学、湖南師範、中山大、工場、農村を視察。北京では毛沢東主席、周恩来総理と田中首相の通訳林麗温、黄世民先生、中日友好協会寥承志会長、孫平化秘書長等々、今から考えると大変な指導者と会見する機会に恵まれました。
 創立者 黒正先生が校長を務められた、第6高等学校、岡山大学の前身、現「朝日高校」に戦前、留学し、中華人民共和国建国後、副首相、社会科学院院長、日中学術、文化交流の立役者、文学者「郭沫若」先生。「四川省楽山市出身」等の出会いは、その後の私の人生を中国、アジアへ動かし、74年の卒業間際に、ゼミの指導教官田岡理事長より、故郷の岡山日本大学高校「現、倉敷高校」を推薦され教職につきながら、黒正先生の岡山県を中心とした、中世の「百姓一揆の研究」を学び、多くの先輩、京都学派の関係者の出会いがあり、岡山大学の関係者の菅波茂医師を中心に設立した国際人道援助のNGO団体アムダAMDAの緊急人道支援に加わり、96年2月の中国雲南地震、河北省張家口地震、2008年5月、四川地震等、現地コーデイネイターとして取り組み、日本人の「相互扶助」精神を「アジアとの共生」の一助になればと「黒正イズム」の理論と実践の具現化に微力ながら取り組んでいます。
 現在は、四川省人民政府の省長の招請で世界30カ国の一員として、国際交流と平和友好都市の推進に汗を流しています。アジアで元気な大阪経済大学の顔になる国内外の専門家を受け入れ、生きた国際経済、政治、環境、学術、人道支援、NGOの専門家を育成する国際研究所を学内に確立され飛躍される人材育成を願う!

 

大阪経済大学創立80周年記念事業事務局
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