学長・野風草だより

No.128

No.128  2011年10月30日(日)

初めての試みホームカミングデー、賑わう

来年の創立80周年に向けて、今年本学として初めてのホームカミングデーを開催しました。同窓会大樟会の総会も同時に開かれ、キャンパスは卒業生たちで大いに賑わいました。学園祭がちょうど開かれており、在学生たちの屋台でいろいろな食べ物をほおばりながら、学生たちと語り合う卒業生の姿も見られました。
 韓国のYokoso Japan大使の李容淑さんの「外国人から見た日本文化の再発見」の講演や、子供たちに大人気であったレッツゴー仮面ライダーショー、そして交流レセプションなど、盛りだくさんの企画でした。交流レセプションでは、懐かしい70、80年代のオールディーズの曲を生バンドで演奏するサプライズもありました。

はてにゃん。などの大経大グッズは買う卒業生も多く、記念品として大経大の建物の現況と変遷を写真でまとめた2012年のカレンダーは大好評でした。
なお、この日に名誉教授の会を開催して、泉谷勝美、伊藤武、内海健一、大槻裕子、滝内大三、田渕進、松原和男、山本晴義の8先生方においでいただきました。各先生から近況を語っていただき、懐かしい思い出話に話が咲きました。そして、交流レセプションにご出席いただき、卒業生たちと語り合われました。
初めての試みでしたが、お世話いただいた総務課はじめ職員の皆さま、ありがとうございました。

以下は、KEIDAI DAYS No.33に書いた文章です。

大阪経済大学は、来年の2012年で創立80周年を迎えます。卒業生の皆さま、在学生の皆さま、それぞれに楽しい思い出があるでしょう。10年ごとくらいの私の思い出は、次のようです。
2011年 何と言っても、東北大震災・福島原発事故ですね。
2001年 小泉内閣が誕生し、構造改革を劇的にすすめた。
1991年 湾岸戦争が勃発。ソビエト連邦が崩壊し、東西冷戦が終結した。
1985年 私が大経大に就職できて一安心した年。JAL123便の墜落事故を覚えている。
1971年 大学進学で京都に出てきて、一人暮らし。1972年のあさま山荘事件は強烈!
1964年 東京オリンピックだ。松山でも聖火リレーがあった。若乃花、長嶋を応援。
1952年 故郷の松山で生まれた。近くの土手でよく遊んだ。 母が般若心経を唱えていた。
皆さんは、いかがですか?
人生80年の思い出、恩師との出会い、ゼミやクラブの仲間たち、大経大での10年の思い出などなど、老若男女が10月30日、大樟の木陰に集い、いろんな思い出を花咲かせませんか。お待ちしています。

そして、以下は当日の案内パンフレットに書いたものです。

大学として初めての試みであるホームカミングデーを、大樟会(同窓会)の総会と一緒に開催できることは、大きな喜びです。来年80周年を迎えますが、私は1985年から勤め、はや26年がたちました。80年のおよそ3分の1にすぎませんが、それでもこの間大きく変わりました。思いつくままに、書いてみます。皆さまの思い出は、いかがですか?

第1に、建物が変わりました。当時の建物で残っているのは、本館とD館のみです。これらも近々取り壊され、すべてが変わります。せめて、戦前からの白いモルタル造りの大学院館くらい残しておけば良かったのにと、残念です。
第2には、アクセスが良くなったことです。阪急電車は上新庄駅で準急が停車するようになり、河原町駅から上新庄駅までわずか36分です。数年前に大阪市営地下鉄の今里筋線が開通し、瑞光4丁目駅からは歩いて数分の近さです。便利になりました。
第3には、阪急上新庄駅の南口界隈が随分とにぎやかになりました。ファーストフード、居酒屋などが増えて、夕方ついつい立ち寄ってしまいます。あと、もう少しおしゃれな店ができて学生街っぽい雰囲気になれば、いいなと思います。

さて、大学の中味はどうでしょうか。時代とともに学生は変わっていき、大学教育への要求も変わり、随時対応していかなければなりません。しかし、黒正巌初代学長の言われた「道理貫天地」の根本精神は、守り続けなければならないでしょう。100周年に向けて、「経済・経営系の大学としてNo.1」をめざしたいと思います。