17歳からのメッセージReport2011

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2117歳からのメッセージ17歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧なによりも良いところは「見分ける力」です。嘘の情報と本当の情報が混ざっているネットでは、本当のことを見分ける力がつくと思います。それに、テレビやラジオでは言わない真実や情報、小さなことでもネットには流れていきます。その分大切なものが流れていくのも早いですが、たくさんの人が差別なく見れるのも良いところです。世の中では悪いところを隠して、良いところだけを表に出すものがあります。また、その逆も存在します。それを見分けるためにも、正しくネットを使える人が増えて欲しいのです。和歌山県立和歌山盲学校高等部(和歌山県)中麻さん人の役にたつ人間になりたい高校生になってから私は、「将来人の役にたつ人間になりたい」と思うようになった。それは、今までたくさんの人々に支えられて生きてきたのだときづいたからである。視覚障害を持つ私は、あらゆる面で周囲の人に助けていただいている。たとえば、最近、一人で駅を歩いていた時のこと。小学生の男の子が私に話しかけてくれた。「どこに行くの。ぼく荷物持とうか。」と。私が階段まで案内して欲しいと伝えると、手を引いてつれていってくれた。私は、その男の子の行動がとてもうれしかった。「ありがとう」という言葉が心の底から自然と溢れ、握手をして別れた。このように、援助してもらえることは、本当にうれしいことであり、感謝の気持ちでいっぱいになる。このような経験から、私は、人々に喜んでもらえるようなことをしたい。自分が助けてもらっている分、私も何か人の役にたちたい。そう強く思うようになった。私は、人と話すことが好きで、様々なことに挑戦しようとする活発な性格だ。誰かに援助を求められた時には快く引き受け、また、困っている人を見かけたら優しく声掛けができる人間になりたい。高校三年の今、私は、大学受験を控えている。受験に関してはまた、これからも、人々の支えが必要になってくると思う。その中で、ボランティアへの参加など積極的な性格を活かして人の役に立てるよう努力していきたい。島根県立飯南高等学校(島根県)本田夕加里さん癒しの共鳴?古(いにしえ)から奏でられるメッセージ?『古事記』に記された出雲神話の主神大国主命は、ある山の山頂付近にある洞穴の中で琴を弾きながら、世の中を良くしようと考えたと言われている。その山の名は「琴引山(ことびきやま)」。その山の近くにある高校で、私は今、吹奏楽部に所属している。「大国主命」はどのような思いで琴を奏でていたのか。どのような音色だったのか。毎日放課後になると、天気の良い日には校舎屋上へ上がり山々を見渡し、ホルンを吹きながら、私はふと、そんなことを思う。緑豊かな森林の中で聴く音は、楽器では表すことのできない音。誰にも真似はできない。朝を告げる小鳥たちの歌。木々の葉が風に揺れ動く時に聴こえるささやき。自然界のメロディーは、私たちへのメッセージ。私たちは木々・鳥たちと会話をしているように思える。自分でしか実感できないこと。それは心と自然が目に見えない橋で繋がれている証。その橋を渡りきった時、現代社会に生きる私たちが忘れかけていた「自然の癒し」ということを思い出させてくれるであろう。悠か昔、「大国主命」が奏でていた琴の響き。その音色は未来の私たちに自然に耳を傾け、感受し、常にそのメッセージを受け止める大切さを伝えようとしていたに違いない。岡山県立興陽高等学校(岡山県)髙須一実さん「あたり前」の反対ってなんだろう。友達に明るいの反対はと質問すると、暗いとすぐに答えが返ってきた。大きいの反対はと質問すると、小さいとすぐに答えが返ってきた。しかし「あたり前」の反対はと質問すると答えは返ってこなかった。私は「あたり前」の反対は、「ありがとう」だと思う。普段の生活を振り返って思ったのだ。私は朝起きて食卓にご飯が作られ、並べられているのが「あたり前」だと思っていた。そんな毎日が続いた中、毎朝ご飯を作ってくれている母が体調を崩し朝起きてこれなかった日があったのだ。食卓は混乱した。毎朝あたり前のように並べられているご飯がない。私は母のかわりにその日の家族の朝ご飯を作った。まずはメニューを考え、ご飯を作り、食べ終った食器を洗って片付ける。これだけのことなのに私はすごくつかれたのだ。この作業を毎日している母はもっともっと大変だろうなと思った。私は毎朝、ご飯を作ってくれてる母に感謝の気持ちでいっぱいになったのだ。この時私は、「あたり前」じゃない「ありがとう」だと思った。毎日あたり前のようにしてもらっていること。でもよく考えてみたり、その人の立場に立ってみると、「あたり前」なんて思わない。「ありがとう」って思うだろう。「あたり前」の反対はと聞かれると私は「ありがとう」と答えるだろう。土佐塾高等学校(高知県)髙石詩乃さん私の支え私はお母さんのことをとても尊敬している。私が学校から帰ってもお母さんは必ず家にいない。部活から帰ってもいない。塾から帰ってもたまにいない。だからお母さんが早く帰ってくると正直テンションが上がる。たぶんお母さんは気付いていないだろうけど。私はお母さんに絡まれたらいつも逃げる。なんか照れ臭くて。私のお母さんは本当に元気で急に踊り出したり全力で歌い始めたりする。携帯のカメラを向けるとものすごい笑顔でこっちを見てくる。そんなお母さんやき、絡んでくる時はだいたい全力で走りながら「こっちゃーん! !」て叫ぶ。私は「こっち来んといてやー。」と言って全力で逃げる。そこはやっぱり陸上部。走り合いになったら負けることはない。でもお母さんはまた笑顔で向かってくる。さっき「こっち来んといてやー。」って言ったくせに、私はお母さんが追いかけてきたらすごい嬉しくなる。そんな元気なお母さんも、私が落ち込んでいる時は一緒になって落ち込む。私のために泣いてくれたこともあった。誰にも言えん愚痴もお母さんになら言える。その度に私の気持ちになって腹を立てたり泣くほど喜んでくれたりする。そんなお母さんを本当に心から尊敬する。