17歳からのメッセージReport2011

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2517歳からのメッセージ17歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧沖縄県立普天間高等学校(沖縄県)嘉数夕?さん我が家の日常中学二年生の秋、我が家念願のマイホームを買った。我が家は県外ではあまり見られない外人住宅だ。屋根は平らで、部屋は奥に広い一階建て。沖縄ではよく見かける。見かける場所は主に基地の近く。我が家もすぐ後ろには基地がある。もちろん米軍基地。引っ越しをして初めての夜。新しい寝室でよく眠れるはずだった。だけど眠れない。飛行機、そしてヘリコプターのすごく大きい音。近づいて来るのは分かるし、上空を通過すると家が音の震動で揺れる。ゆっくり眠れるはずはない。もちろん、夜だけでなく一日中である。朝から夜までずっと。話し声も、大好きなテレビの音もプロペラの音で全然聞こえない。玄関に出て上空を見ると、ボールを投げるとあたりそうな高さで飛ぶ、着陸直前の飛行機。いつ落下してもおかしくはない。私の通う学校も普天間基地の隣。学校でも、米軍のヘリコプターの音が絶えない。私は365日、飛行機とヘリコプターの音と過ごしている。静かな日はあるだろうか。新しい我が家で過ごして約三年。家族四人で会話をして、みんなで笑ってテレビを見る。そして静かに眠りにつく。こんな日はあと何年経てば来るだろう。今までの自分、これからの自分テーマ1新潟県立東新潟特別支援学校高等部(新潟県)田中俊吾さん前へ進むために私は、脳性まひのため、どんなに努力しても自分の手を自由に操ることも自分の足で歩くこともできない。中学まで一般校で学んできた私は、高校も地元の学校に進学したかった。しかし、ハンディキャップが理由で願いは叶わなかった。悔しかった。挫折感を引きずったまま育った地域から離れ、寄宿舎に入り特別支援学校に入学した。ある日、帰省した私に母がこう言った。「そんな気持ちのままじゃ今いる場所で幸せになれないよ。」私は、はっとしてこのままでは前に進めないことに気付いた。それからは、周りの人の話に耳を傾け、ありのままの自分をストレートに出していくことにした。すると日に日に気持ちが晴れて心地よく過ごすことが出来るようになった。誰だっていろいろな事情で思い描いた人生を歩めないことがある。今の境遇に不平不満ばかり積み重ねても幸せにはなれない。現実を受け入れどういう自分でありたいかを考え行動することが大切ではないだろうか。学校では、将来のために必要な支援依頼を支援者に分かりやすく伝える学習なども行っている。今では、共に学習する仲間はかけがえのない存在となった。私は興味ある分野を探究するために大学進学を目指している。そしてハンディキャップのある立場から社会に発信できる職業につくことが夢だ。富山県立富山北部高等学校(富山県)西田珠久さん「生きた言葉」「あー、お腹が空いた。」「おはよう。」「またね。」私は今まで、何気なく言葉を使っていたような気がします。そんな私の言葉に対する思いが変わったきっかけは、小学生のときでした。私は小学生のとき、仲の良い友達が二人いて、いつも三人で遊んでいました。ただ一つ困ったことがありました。それは二人の友達がよくケンカをすることでした。私はそれぞれの話を聞いて、仲直りを手伝いました。一人の友達が「悪口」を言ったことがケンカの始まりでした。今、この出来事を思い出してみるとふと思います。どうして人は、「悪口」を口にしてしまうのだろう。相手を傷つけ、自分も気分が悪くなるだけなのに。「悪口」も含め、「言葉」の種はそこらじゅうにごろごろしています。その種は成長し、とげを持った黒い花を咲かせることもあれば、とても美しい白い花を咲かせることもある。そして最後には種を落として枯れていく。その種からまた花が咲き、種を落として枯れていく。それの繰り返しなのだと私は思いました。言葉も生きているように感じ、容易に殺してはいけない気がしました。言葉は一言一言に重みがあって、命があって、意味や気持ちがあります。普段何気なく使っていた言葉―これからは「生きた言葉」の大切さを感じながら、人々の笑顔のために使っていきたいと思います。福井県立盲学校高等部(福井県)竹内浩輔さん大人大人は勝手だ。上から目線で子供を押さえつける。そのくせ、問題が起きると非難の応酬と責任のなすりつけ合いをする。刻々と大人に近づいていくことに、僕は苛立ちと抵抗を感じていた。昨年の夏、博多から新幹線に乗った。そして、僕は驚いた。乗客のほとんどがサラリーマンだった。席に座るやいなやパソコンを広げ、キーボードをたたき始めた。ロビーでも、サラリーマンたちが公衆電話や携帯電話で何かを必死奨励賞74点