17歳からのメッセージReport2011

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38 17歳からのメッセージ17歳からのメッセージグランプリ学生審査員賞金賞銀賞奨励賞学校特別賞応募参加高校一覧鮮人だから」というものだった。朝鮮人だから朝鮮の言葉を知りたいし、朝鮮の歴史、文化、風習を知りたい。そう思うから、そしてそれが大切だからこそ私はこの学校で学ぶのだ。朝鮮人だから…。たとえ日本に住んではいても私の体には朝鮮人の血が流れている。朝鮮人に限らず日本人や、それぞれの国の人達が自分の国や民族のことを学び愛することは大切なことだと思う。そして、このことこそが私が朝鮮学校に通う理由だ。大阪朝鮮高級学校(大阪府)林明輝さんおじいちゃんの一言「お前の祖国は朝鮮だよ。」と、幼い頃祖父に言われた事を、今でもはっきりと記憶している。その時、僕は「そうなんだ。」としか、答えなかった。けど、小学校に入学して、この言葉に疑問を覚えた。なぜ、日本に住んでいるのに祖国は朝鮮なのか、小学生の僕には全く意味が分からなかった。そして、朝鮮学校で民族教育を習っていくうちに、日本が朝鮮を植民地支配にしたという歴史を学んだ。この事を知った数日後、祖父がなぜ日本に来たのかという事を聞くという宿題が出た。そして、僕は祖父に聞くと、「日本に勉強をしに来たんだよ。」と言ってくれた。僕はこの事を聞くまで、日本に来た人は皆、強制連行されたと思っていたからちょっとびっくりした。そして、その後、祖父は日本で勉強して祖国には帰らず、日本の朝鮮学校で先生をして、民族教育を守ったと聞いた。この時、僕は小学生だったので、おじいちゃんって凄い人だなぐらいの感覚だった。でも今は、高校生になり思ってる事がすごく変わった。祖父の考えは正しいと思うし、僕も民族教育を守っていきたい。祖父は一年前に他界したが祖父の民族教育を守ろうとする姿は今でも心に鮮明に残っている。今、思うと幼い頃に聞いた「おじいちゃんの一言」が、今の気持ちを確信づけた。だから、いつになってもおじいちゃんを尊敬し続けたい。兵庫県立神戸商業高等学校(兵庫県)林美穂さん便利が不便私は日本が大好きだ。ずっと昔から続く日本独特の文化や、祖父母から教えてもらう生活の知恵などが好きだった。機械や科学の技術が今のように発達する前は、生活する上で不便に感じることが、沢山あったと思う。だが、不便だったからこそ近所の人たちが助け合い、思いやりあたたかさがあったと思う。子どもが遊ぶときは、山や川など自然の中でのびのびと楽しむことも出来た。技術の進歩で生活が便利になって、ずっと昔から伝えてきたことを、伝える必要がなくなり、日本独特の文化や知恵を沢山失ってきたと思う。伝えても、それが今の日常生活で利用することがなかったら、無意味になり忘れてしまう。昔からの繋がりを遮断してしまった。昔は無くても自分でなんとか出来ていたことが、今は無くなってしまったら生活が出来なくなった。今は実際に人と会わなくても、繋がることができ、人と会うことがすごく減った。いろいろな技術が発展すると、それに全部頼ってしまい、今回のような地震が起こり何もかもを、自分でしないといけなくなったとき生活するのが困難になってくる。今、日本が色々な面で大変だからこそ、日本独特の文化や知恵、人との関わり、思いやりをもう一度考える必要があると思う。神戸市立兵庫商業高等学校(兵庫県)境翼さん揺らせ大阪!今のバンドの活動が始まってから、今でだいたい二週間くらい経つ。正式メンバーも決まり、練習も本格化し、オリジナルの曲も作り始めている。こうして、ちゃんとした活動が出来るのは、ある人との出会いがきっかけだった。バンドを組みたかった僕は、ネットでメンバー募集をしたが、メールは来なかった。もうあきらめようと思ったその日、ついに一通のメールが届いた。そのメールの内容に僕はおどろいた。メールをくれたおじさんは元プロで、若いバンドを育てるのが趣味なのだと言う。少し怪しかったが、半信半疑ながらも会ってみることにした。おじさんの家には機材がいっぱいで、本当に話の通り〝自宅スタジオ?だった。おじさんは教え方も上手い上に、バンドの為にあらゆる手を尽くしてくれた。それからというもの、すぐにメンバーを集めて、度々練習に訪れるようになった。あの日を境に、今まで夢も何もなかった僕にも夢が出来た。必ずこの「PLANARIA.」を大きなバンドにして、いろいろな人に夢を与えたい。世の中に自分達の魂の叫びを曲として響かせて、僕達の名前を刻み込んでやりたいと思った。そしていつか、大勢の客の前でこうやってシャウトしたい。「揺らせ大阪!」と。やがては日本中を揺らせる存在になりたい。天理高等学校第二部(奈良県)小阪慎さん見えているのに見ていない私は点字の本を製本する仕事に携わっている。定時制の高校に通っており、昼間に、そのような業務がある部署で勤めているためだ。「点字」というと一般の人達がどのような印象を持っているのか分からないが、私はその仕事を始めるまで、全くと言ってよいほど知識が無く、また興味も持っていなかった。しかし、仕事を覚えるために点字について学び、いろいろなことを知ると、職業病と言ってもよいのか、自分の周りの様々な所で使われている点字が気になってきた。そのようなことから、私は点字がどのような所で、どのようにして使われているのか観察するようになった。すると、二つ思ったことがあった。まず一つは、思っていた以上に多くのものに点字が使われているということだ。洗濯機や缶ジュース、日用品など、私が毎日のように見ていたものにもそれはあった。そしてもう一つは、目の不自由な方に本当に役に立っているのかということだ。駅の中の案内図など、私の目から見ると設置場所や説明方法が分かりにくく、改善する点があると感じた。私は点字を知ったことで、普段見えているのに見ていないものがあるということが分かった。何気なく生活している中