卒業生・在学生からのメッセージ・エピソード


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  創造力という蓄え
   経営学部経営学科  昭和49年3月卒業  愛知 哲 様

 1974年大阪経済大学卒業、大阪の広告制作会社へ入社。コピーライターとしてスタートする。5年後、東京の広告制作会社へ。自動車メーカーH社の新車広告制作に参加。自信を持って挑んだが空回りするばかりだった。多事多難の連続。逃げ出そうと何度も考えた。仕事ができない。理由は簡単だった。ぼくの中に身についた蓄えがなかったのだ。コピーライターという仕事は、発想をコトバで紡ぎ、練り上げ、メディアに込めて弾丸のように放つ。力強く、わかりやすく、しかも愉しく。さまざまな知識や経験、教養が要求される。しかしぼくにはそれらの資源の蓄積がなかった。同僚のコピーライターと競争させられる。レベルが高くてかなわなかった。毎日、針の筵だった。ぼくはとうとう身体を壊し入院した。おまけに会社を馘首になった。家にいて悶々とした日々を送った。小説、詩、哲学、エッセイ、広告の本、することがなく手当たりしだい本を読んでいた。
1年後、広告代理店N社に再就職できた。仕事は相変わらずもどかしいままだった。D社、H社など大手広告代理店とのシビアな競合コンペが続く。何度も負けた。勝たなければ仕事にはならない。いつリストラされてもおかしくない危うい綱渡りだった。N社はこんな僕を辛抱強く使ってくれた。やがて一つ勝ち二つ勝てるようになった。日経新聞社の広告賞をもらった。5年後にクリエイティブ・ディレクターになっていた。
N社の新入社員の教育実習の講師にもなった。テーマは「企画という不思議」。企画とは何か。企画はどのようにして生まれるのか。企画費はなぜ請求できるのか。ぼくは毎年同じことを話した。「企画は考えてあぐねているうちに、やがて空からふわりと舞い降りてくる、それをねばり強く待つ訓練が必要なのだ」と。「企画」は「創造」と同義だ。「創造」は広告に限らずあらゆる業種に必要とされる。 ぼくは今、悶々とした日々を振り返り思う。なぜもっと早く、自分の至らなさに気付かなかったのだろう。何年か先の自分を想像できたならば、今自分は何をやっておくべきかを考えることが出来たはずだ。しかしあの頃のぼくは不遇を嘆くばかりで、自分に何が足りないのかを振り返ることができないでいたのだ。コピーライターとして今年38年目。『空から舞い降りてくるモノ』をようやく掴みかけたというこの時に、ぼくはすでに還暦を越えてしまっていた。

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