お知らせ・ニュース

ニュース

【実施報告】末村祐子客員教授による公開特別講座「人生100年時代の高齢者福祉―東日本大震災からの復興、そしてコロナ後の未来社会」

2023年01月10日(火)

強固な防災に不可欠な要素は「公助・自助・近共助」

2022年11月30日、大阪経済大学が定期的に行う公開特別講座がオンラインにて開講されました。この講座は行政、民間を問わず、さまざまな社会課題解決に取り組む方々を講師としてお招きし、学生や教員、さらに一般の方にも聴講いただくものです。
今回の講師は、本学で客員教授も務める、大阪市住之江区長・末村祐子氏です。「人生100年時代の高齢者福祉―東日本大震災からの復興、そしてコロナ後の未来社会」と題し、語っていただきました。
 
[プロフィール]
末村祐子氏
旭化成工業株式会社、カナダ公立高校、NGO勤務の後、公共政策領域の研究者として教育・実務とともに、産学連携拠点における大学改革、関西一円で数多くの自治体改革に携わる。東日本大震災発災後は被災自治体の再建業務に従事。復興庁企画官他、津波・東北初上陸台風、両方の被災自治体である岩手県岩泉町副町長を経て、2000年4月より大阪市住之江区長。

災害を経験するたびに法律や制度が進化
末村氏は、NGO職員として、阪神・淡路大震災での支援を皮切りに、災害復興に深く従事。東日本大震災では岩手県大槌町復興局を経て、復興庁の一員として、被災者支援や産業復興、被災下の行政体制構築、人的支援事業推進を担当されました。
阪神・淡路大震災では民間の立場から、東日本大震災では行政の立場から復興に尽力されてみて、東日本大震災では、過去になかった制度運用が行われ、政府決定にもスピード感があったと末村氏はいいます。
「東日本大震災復興特別区域法という法律は、震災が発生した2011年に策定されました。例えば、未曾有の被害に対して、既存の枠組みにとらわれず、地域限定での措置を早急に行う。医療・産業・住宅分野の規制に対する特例や産業再生を支援する税金・財政・金融上の特例について複数箇所の申請を省き、ワンストップで適用するなどです。こういった新たな制度運用は復興のスピードを加速させます。阪神・淡路大震災は、復興事業完了が2020年と、発生から約25年を要しました。東日本大震災は住宅や宅地造成は2020年、道路整備は2021年と、約半分の期間で復興事業を終えています」
 
2つの未曾有の災害から三位一体で復興を実現
次に末村氏が話されたのは、2018年に就任された岩手県岩泉町副町長時代の取り組みです。
岩泉町は岩手県の北西部に位置し、本州最大の面積を誇る町で、その約92.1%を山林が占めます。主要産業は、林業や山地農業、酪農、漁業と観光。人口は8,344人(2022年11月1日現在)。高齢化率は約44%、一部地域は50%を超えています。
 
では、なぜ末村氏がこの町の副町長を務められるようになったのか。それは、2つの災害からの復旧・復興の加速化、防災・減災事業、産業振興などを図るためです。
岩泉町は東日本大震災で甚大な被害を受けました。しかし、町や人びとの努力によって、公共施設や住宅の再生、防波堤の構築などがいち早く完了。岩手県下ではもっとも早い東日本大震災からの復興宣言を間もなくに控えた2016年8月30日に台風10号が町を直撃します。
この台風10号は別名「迷走台風」とも呼ばれました。日本の南西沖を行ったり来たりして停滞。勢力を増したうえで、1951年に気象庁が統計を取り始めて以来、初めて東北地方の太平洋側に上陸したのです。
山間の町ということもあって、岩手県の土砂災害発生箇所数の8割にも上る120カ所が岩泉町で発生します。住宅は町内全棟9,588棟(住家・非住家を含む)のうち1,916棟と、5軒に1軒が被災。末村氏は「総被害額は、東北大震災の約10倍、330億円を超えました。町の一般会計予算の平均が90億円程度なので、被害の大きさを想像いただけるのではないでしょうか」と語りました。
 
岩泉町の台風10号直撃において、「災害の刃の無情さを改めて痛感しました」と末村氏がいうのが人的被害です。
「今回のテーマにある高齢者について、小本川に面したグループホームの入所者の方々が犠牲になられました。川岸に高齢者施設を建築するなんてとの意見もあるでしょう。岩泉町は平地が少なく、河川敷はむしろ一等地なのです。ただ、1時間に最大70.5mmという経験したことのない大雨によって河川が氾濫し、しかも夜間に発生したため、被害が拡大しました」
これを教訓に、岩泉町では、河川の氾濫防止対策はもちろんのこと、災害の予防や避難方法の強化を早急に進めました。
「まず指定避難所を8カ所から 52カ所と大幅に増設しました。避難方法については、限られた数の職員で車椅子などの高齢者を迅速に避難させるには限界があります。そこで、町内の高齢者施設は、周辺の企業や町内会などと『高齢者避難協定』を締結。万一の際は、職員も周辺の人びとも高齢者の避難誘導や支援などを行います。また、個々に行っていた避難訓練を町、企業、地域合同で実施。避難設備や避難経路などを共有するようにしました」
 
こういった官民連携は災害時に非常に有効です。末村氏は「行政が行う『公助』、自分たちで災害に備える『自助』、官民やご近所の枠を超えた『近共助』をつないでいくことで、防災力は強化され、万一の災害時は共に命を守ることができます」と強調します。
末村氏は、町の復旧事業においても、迅速かつ効果的に進めるには、専門的なスキルと人材による体制が不可欠として企業等と連携。さらに、再建工事の進捗状況などを地域住民にも開示し、遅れや問題などの情報提供を求めました。計画立案・執行管理は勿論行政で行いますが、各箇所の進捗に町民皆様にも関心を持って頂くことで、岩泉町の復興の円滑化を図るという、官民連携の取り組みです。

災害リスクが高い大阪。今から命を守る備えを
復興支援や行政運営の経験と専門性をもとに、これから起こりうる災害に向けて、区の防災対策に取り組んでいます。「研究結果に基づく新聞報道などにもありましたように、大阪は、世界でも災害リスクが高い都市であることが指摘されています。地震だけでなく、著しい気候変動により、台風や大雨などが頻発する中、私たちは災害に対してどう備え、どう乗り切るかを考え、過去の被災経験、防災対策を次の世代へとつないでいくことも重要です」
 
末村氏は、住之江区の政策と将来像について「愛(いつく)しむ・備える・育む」の3本柱を立て、防災対策も、これに基づき推進しています。まず「備える」として、災害時の避難場所や連絡先などを書き込む「避難カード」を全約6万世帯に配布しました。末村氏は「カードは文庫サイズに折りたたむことができます。つねに携帯して、いざという時、命を守る行動のガイドにしてほしいです」と訴えました。「育む」としては、子どもたちの防災意識向上に注力。区内全小中学校での防災教育や訓練、区と各学校、周辺地域、企業、消防、警察による合同防災訓練などの強化に取り組んでいます。さらに「愛しむ」として、近くの人たちと助け合えるつながりを持ち、災害時に行動できる人材を「SUMINOEそなエンジェル」とし、小中学生やその親世代の防災意識向上や協働できる人材育成を行っています。
これら住之江区の取り組みは、末村氏が岩泉町で実践してきた『公助』『自助』『近共助』の考え方がもとになっています。
 
最後に末村氏は「私たち住之江区はもちろん、政府も『公助』『自助』『近共助』を重視し、国・行政、市場・企業、国民が参画・連携する『新しい公共』という社会・地域の在り方について協議しています。少子高齢社会にあっても、多くの知恵、理解、参画などによって優れたガバナンス、社会システムを実現できる日本、地域、そして大阪であることを願い、私も努力していきます」と、講座を締めくくりました。

 
講座後、森詩恵副学長(経済学部 教授)から、「本学では公務員や警察官、消防士をめざす学生が多く、卒業生が全国で活躍しています。ただ、災害時には、公務員自身や家族などが被災する場合もあります。それでも職務を全うするためのモチベーションを、現場での経験を踏まえて教えてください」と、災害時の公務員の在り方について質問がありました。
末村氏は、「私が支援に携わった岩手県大槌町では、津波に巻かれて救出された後、避難所の運営業務にあたった職員など、被災しても“住民の皆さんのために”と従事する姿を多数、目の当たりにしました。自分の取り組みが必ず誰かの喜びになる、それを仕事にできるのは公務員しかないと強い信念を持っておられたからだと思います。また、行政の仕事は、現行の枠組みや制度を守るだけでなく、特例や改訂などによって、クリエイティブにチャレンジしていくことも可能です。行政の仕事をめざす学生の皆さんには、この人びとの喜びと醍醐味を味わっていただきたいと思います」と回答。学生へのメッセージとされました。
 
聴講者の多くは、末村氏のお話を聞いて、今、この瞬間に起こるかもしれない災害に向けて備えなければいけないと思ったに違いありません。