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経済学部 大久保裕晴客員教授 寄稿「創立100周年に思う」

2023年03月22日(水)

日本銀行本店

 大阪経済大学のホームページには、現在「100周年ビジョン推進サイト」が設けられ、2032年の100周年に向け、大学のあるべき姿としての4つのビジョンなどが掲載されています。それらを拝見しながら、かつて日本銀行が100周年を迎えた時のことを思い出しました。
 日本銀行の創立は1882年10月。濫発された不換紙幣によって進行していた激しいインフレーションの収束を大きな目的としていました。その後、日清・日露戦争、昭和恐慌、第2次世界大戦での敗戦、戦後の復興と高度成長、2度の石油危機などを経て、日本銀行は1982年10月に創立100周年を迎えました。

 その頃、私は日本銀行総務局(現・企画局)企画課の若手職員として慌ただしい毎日を送っていました。そこに、創立100周年関係の業務として、記念式典での前川春雄総裁の講演に用いる名言を探すという仕事が舞い込んできました。もともと、中央銀行というのは何となく神秘的で、銀行券の発行以外にどんな仕事をしているのか、どんな使命を果たしているのか、やや分かりにくい存在です。そのせいか、中央銀行は昔から比喩的な言葉でよく表現されていました。
 
 有名なところでは、「中央銀行の使命は、パーティーがまさに最高潮に達したときに、パンチボウルを引き下げるという不人気な行動をすることである」(ウイリアム・マーティン元FRB議長)という言葉があります。景気拡大の初期には、物価上昇は緩やかで、企業収益や賃金は増加、税収も増え、消費者にも企業にも政府にも居心地の良い状態が続きます。しかし、やがて景気・物価情勢は過熱し、その後、景気は下降局面を迎えます。息の長い景気拡大と物価安定を図るには、景気が最高潮になったときに、金融政策を引き締め気味に転じる(パンチボウルを引き下げる)ことが必要で、その不人気な役割を担うのが中央銀行だというわけです。同様の意味で、「中央銀行の役割は目覚まし時計に似ている」(経済学者ジェームズ・ブキャナン)という言葉もあります。

 ただ、そうした誰もが知る言葉では、せっかくの100周年記念式典の講演には面白くありません。そこで、様々な資料、例えば各国中央銀行総裁等による数多くのスピーチや著名な経済学者による含蓄のあるエッセイなどを幅広く読み込むことになりました。名言探しのメンバーは、のちに慶應大学教授に転じられた岡部光明さん、日本銀行総裁になられた白川方明さん、および私の3名でした。
 
 当時作成した資料を見ると、私たちは中央銀行の独立性や通貨価値の安定の重要性を論じた名言約30を選んでいます。その中から最終的に選ばれたのは、「社会の存続基盤をあやうくするうえで通貨を堕落させること以上に確実な手段はない」といういささか刺激的な言葉でした。これは、経済学者J.M.ケインズの「説得論集」の中のエッセイから引いた一節で、ケインズがレーニンの言葉として紹介しているものです。100周年記念式典での前川総裁の講演は、この言葉を印象的に用いながら、日本銀行創立以来の通貨価値の安定をめぐる困難で厳しい歴史を振り返るとともに、今日改めて熟読玩味すべき「中央銀行論」が語られています。一部を紹介しましょう。
 
『時として厳しい、不人気な政策を実行しなくてはならないこともありましょう。何ら行政的な権限をもたずに政策を運営する日本銀行にとっては、国民の通貨価値安定への願いと日本銀行に対する常日ごろからの信頼なくしては、厳しい政策を実行することはできません。』
 
『日本銀行に対する国民の信頼は私どもの金融政策が通貨価値の安定という使命を達成してこそはじめて得られるものであります。いわゆる中央銀行の独立性、金融政策の中立性といわれるものの基盤も日本銀行に対する国民の信頼のなかにこそ形成されると思うのであります。』
 
『金融政策を適切に運営していくためには金利機能の活用が最も重要であり、(中略)金利の需給調整機能に依存して金融政策を遂行していくうえで、金融市場の金利が資金の需給関係を的確に反映することが不可欠であり、私どもは一層自由かつ適正な金利形成が行われるよう引き続き市場環境の整備に努めて参りたいと考えております』

 今年、日本銀行総裁が10年振りに交代し、「異次元の金融緩和」で行われてきたイールドカーブ・コントロール等の政策手法の見直しが取り沙汰されている中、上記の言葉は格別の重みをもっているように感じられます。この前川総裁の講演は、やはり創立100周年記念として出版された「日本銀行百年史(全6巻+資料編)」の第1巻冒頭に掲載されています。
 大阪経済大学が創立100周年を迎える2032年は、日本銀行が創立150周年を迎える年でもあります。その時、日本は、世界はどのような姿になっているのでしょうか。また、大阪経済大学学長や日本銀行総裁はどのような記念講演をされるのでしょうか。今から楽しみに待ちたいと思います。
 
大久保 裕晴
(播州信用金庫常勤監事 元・日本銀行神戸支店長)