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【実施報告】松尾隆之客員教授による公開特別講座「新しい万博とグローバルイノベーション」

2023年03月27日(月)

100年後の未来を変えるためのイノベーション

2月22日、公開特別講座「新しい万博とグローバルイノベーション」を対面とオンラインのハイブリッド方式で開催しました。講師を務めたのは、本学客員教授も務める松尾隆之氏。松尾氏はこれまで、通商産業省(現・経済産業省)で愛知万博の計画案策定・誘致活動や科学技術イノベーション業務に携わり、現在は日本イスラエル商工会議所関西本部理事長を務めるなど、多様な業務を担ってこられました。これらの経験から得た知見をもとに、日本の現状と、大阪・関西万博開催後を見据えた課題について語っていただきました。

【プロフィール】
1956年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業、通商産業省入省。通商政策局西欧アフリカ中東課長、中小企業庁創業連携課長、経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局長など歴任。2005年愛知万博では、国際博覧会推進室長・BIE(博覧会国際事務局)日本政府代表として企画・誘致に携わる。2008年NTN株式会社勤務。2020年日本イスラエル商工会議所関西本部理事長、2022年日本化学品輸出入協会専務理事。現在、大阪経済大学客員教授ほか兼務。

地球的課題を解決する、未来社会の実験場としての万博

1851年ロンドン万博からスタートした国際博覧会(万博)は、各国の最先端、あるいは近未来の技術を世界に向かって発信する場として、産業の成長に影響をもたらしてきました。しかし、松尾氏が2005年開催の愛知万博の計画案策定、誘致活動に携わった当時、国内外で万博の意義が問い直され、開催反対運動も活発化していたと言います。それらの情勢を踏まえての議論の上、出てきた新しいコンセプトが「自然の叡智」でした。
 
「自然から資源を取り出す西洋史観の技術ではなく、人と自然のインターフェイスをもう一度見直して自然の叡智を謙虚に学びましょう、自然と生命への共感にみちた叡智を取り戻しましょう、という思いを込めたテーマです。このテーマがBIE(万国博覧会国際事務局)の加盟国に受け入れられ、未来社会の実験場であり、地球的な課題を解決する万博にしようという21世紀の新しい万博像が生まれました」
21世紀の新しい万博像は、2025年に開催される大阪・関西万博にも引き継がれています。その一つが地球的課題の提示で、大阪・関西万博では「いのち輝く未来社会デザイン」というテーマが掲げられています。
 
松尾氏は、「未来社会をデザインするのは、皆さん一人ひとりの行動です。多様な価値観を持った世界の人々と協創し、地球市民が参加する、それが万博です」と、万博の意義を語ります。さらに、会期が終わった後もそのレガシーを継承し、社会を変える起爆剤としていくことが大切だと強調します。愛知万博をきっかけに中部の経済界は、グローバリゼーションを意識し、重厚長大型から新しい産業・環境を生み出していこうという体質に変革。企業のカルチャーも住んでいる人の意識も変わったと言います。
「2025年の万博は、関西が変わっていく大きな起爆剤となるでしょう。そして、未来社会を牽引するイノベーションを起こすために、若い次の世代を引っ張っていく異能の人材を抜擢し、挑戦していくことが必要だと考えています」
 
未来社会に向けてのイノベーションについて、「100年後の未来を変えるという発想で取り組んでほしい」と話す、松尾氏。健康、医療、地産地消の自然共生、AIモビリティ、量子コンピュータなど、イノベーションが期待されるキーワードをいくつか挙げた上で、その中でもエネルギーの未来について詳細に説明しました。脱炭素社会を見据え、将来にわたって安定的で安価なエネルギー供給を確保し、さらなる経済成長につなげるエネルギー戦略は、最大の地球的課題といっても過言ではありません。大阪・関西万博ではカーボンニュートラルの実現に向けた革新的技術の実証の場として、アンモニア発電や水素発電、次世代型太陽電池など、さまざまな取組みが検討されています。
 
大阪・関西万博の会場と空港を結ぶ、“空飛ぶクルマ”の運航も予定されています。電動で垂直離着陸することが特徴の空飛ぶクルマは点から点へ移動でき、機体、運航、インフラにかかるコストが飛躍的に安くなります。
「空飛ぶクルマによって、高度なモビリティ社会の実現が可能となります。日本が得意とする自動車のサプライチェーンと部材を使って新しいマーケットを作れば、日本の産業構造が変わっていく可能性があり、国内外の社会課題の解決も期待されます。このように2025年を契機に、関西を中心に新しい流れを作っていく。万博が未来に向けての実験場をいろいろな形で提供してきたということが分かると思います」

知的生産性と海外連携の弱さが日本の課題

今後、これまで述べたような次世代の産業革命が進んでいく中で、日本の成長を見据え、「グローバルなイノベーションを異質な人と一緒にクリエイトしていくことが必要」と、松尾氏は指摘します。OECD科学技術イノベーション局において、成長源泉である「知的生産性」「グローバルイノベーション」などの分析、各国比較、政策改革、国際的ルールづくりに取り組んだ経験を持つ松尾氏は、“失われた30年”と言われる日本の経済停滞の姿を各種データから明らかにしました。まず、90年代にアメリカや北欧諸国など世界主要国がICTによって生産性を高めていったなか、日本は大きく遅れをとりました。その後の各国比較指標でも、IT利活用や知的投資において日本の遅れが目立っています。
 
研究開発費に関しては、総額はアメリカと中国が年々顕著に増加。2019年の研究開発費総額のGNP比率では、OECDの中でのトップはイスラエルで5%超、近年では韓国が大きく伸ばしています。日本は3.2%と主要国で上位にあるものの、政府負担割合が0.47%と非常に低いことがデータから示されました。
「日本の研究開発の主体は民間。基礎研究への支援が極めて弱く、もっと将来のイノベーションの基礎を強化していかなければならないという現状が如実にあらわれています。また、産学官の資金の流れも他国と比べて低いレベルにあり、産学官の連携が弱いことが分かります」
主要国の論文発表数においても現在の日本は過去最低の水準。約20年の間に、4位から10位まで順位を下げました。一方、中国はアメリカ、イギリスを抜いてトップに立っています。また、特許件数でも日本は低下し続けており、今では中国に4倍の差をつけられています。
 
さらに、「内向き志向で、海外との連携が弱いことも日本の課題」と、松尾氏は話します。産業部門が海外から受け入れた研究開発費の比率を見ると、2015年時点で日本は37カ国中で最下位。しかも、10年前と比べて海外からの資金受入れを大幅に増加している国がある一方で、日本はほぼ変わらない水準となっています。そのほか、人材の国際的流動性が低く、Co-invention(知のグローバル連携)、起業化といった分野でも各国と比較して大きく遅れているのが日本の現状です。

起業家精神を育むイスラエルの教育

日本とは異なり、中東の人口約900万人という小さな国でありながら、スタートアップ・ハイテク大国として経済発展を遂げているのがイスラエルです。現在、民間サイドで日本・イスラエル連携の橋渡し役を担っている松尾氏はイスラエルにも足を運んでおり、これまでに知り得た経済・産業の状況や戦略について紹介しました。
 
イスラエルは、研究開発費総額の対GNP比がOECDトップレベルの5.4%。ベンチャー投資の対GNP比は世界最高の0.38%で、日本はわずか0.02%です。毎年1000社が起業し、100社がエグジッド(株式上場、M&Aによる投資資金の回収、利益の獲得)しています。自動運転に関わるシステムを開発したイスラエルのベンチャー企業を世界最大手の半導体素子メーカーで知られるIntelが1兆7000億円で買収したニュースは日本でも話題になりました。これも、ヘブライ大学の教授がスタートアップした企業です。
 
では、イスラエルはどのような戦略によって、経済を活性化させてきたのでしょうか。松尾氏は、その最大のキーワードとして「教育」と「起業家精神」の2つを挙げました。
 
「イスラエルは日本と同様に天然資源のない国です。地政学的にも対立する国々に囲まれています。そうした状況を補う国家戦略が人的資源への投資・活用です。自分で0から1を生み出す自主独立の精神、課題解決力を養う教育が行われているのです。一方的に教える教育ではありません。“なぜ?”と子どもがどんどん疑問を投げかけてきますから、先生や親も常識を疑い、考えなければならない。また、失敗を恐れずにとにかくやってみるという教育を子どもの頃から徹底しています」
 
優秀な人材を育成するプログラムとして、「タルピオット」と呼ばれる軍の技術エリート養成システムもあります。安全保障に関わる知識・技術を習得させるため、選抜された人材にサイエンス分野の英才教育を施します。「しかも彼らは軍に所属していますから、自分たち、国民の命を守るために戦っているわけです。上意下達を嫌い、みんなで議論します。常識を疑い、自分の頭で考え、知識を絞ります」
タルピオットを卒業して兵役を終えると、優秀な研究者や技術者として民間でも活躍します。スタートアップ企業には、多くのタルピオットの卒業生が関わっていると言います。また、軍での生活で築かれた強い絆は卒業後も続き、グローバルに活躍する優秀な人材のネットワークが広がり、これがイスラエル経済の強みとなっています。
 
これらの教育によって、「起業やグローバルに飛び出していこうという精神が育まれているのではないか」と松尾氏は分析します。また、政府、軍、大学などが連携し、国全体でスタートアップを支援する体制が整えられており、教育とシステムの両方の戦略により、優秀な人材とベンチャー企業が育てられているのです。
松尾氏は、「日本にとっては、万博がグローバルイノベーションにチャレンジする絶好の機会。30年後、100年後を考えて、学生の皆さんにもとにかくチャレンジをしてほしいのです。その時に、国内だけを見ていてはだめ。世界と一緒に異質のものと組んでほしい。これが本日伝えたかったメッセージです」と、講演を締めくくりました。
 
未来社会を牽引するイノベーションを起こすという万博の意義を説き、今後の日本の経済成長に参考になるイスラエルの現状を知ることができた、今回の講演。大阪・関西万博に向け、一人ひとりの行動をうながすと同時に、日本の未来へのヒントが得られたのではないでしょうか。