日本とは異なり、中東の人口約900万人という小さな国でありながら、スタートアップ・ハイテク大国として経済発展を遂げているのがイスラエルです。現在、民間サイドで日本・イスラエル連携の橋渡し役を担っている松尾氏はイスラエルにも足を運んでおり、これまでに知り得た経済・産業の状況や戦略について紹介しました。
イスラエルは、研究開発費総額の対GNP比がOECDトップレベルの5.4%。ベンチャー投資の対GNP比は世界最高の0.38%で、日本はわずか0.02%です。毎年1000社が起業し、100社がエグジッド(株式上場、M&Aによる投資資金の回収、利益の獲得)しています。自動運転に関わるシステムを開発したイスラエルのベンチャー企業を世界最大手の半導体素子メーカーで知られるIntelが1兆7000億円で買収したニュースは日本でも話題になりました。これも、ヘブライ大学の教授がスタートアップした企業です。
では、イスラエルはどのような戦略によって、経済を活性化させてきたのでしょうか。松尾氏は、その最大のキーワードとして「教育」と「起業家精神」の2つを挙げました。
「イスラエルは日本と同様に天然資源のない国です。地政学的にも対立する国々に囲まれています。そうした状況を補う国家戦略が人的資源への投資・活用です。自分で0から1を生み出す自主独立の精神、課題解決力を養う教育が行われているのです。一方的に教える教育ではありません。“なぜ?”と子どもがどんどん疑問を投げかけてきますから、先生や親も常識を疑い、考えなければならない。また、失敗を恐れずにとにかくやってみるという教育を子どもの頃から徹底しています」
優秀な人材を育成するプログラムとして、「タルピオット」と呼ばれる軍の技術エリート養成システムもあります。安全保障に関わる知識・技術を習得させるため、選抜された人材にサイエンス分野の英才教育を施します。「しかも彼らは軍に所属していますから、自分たち、国民の命を守るために戦っているわけです。上意下達を嫌い、みんなで議論します。常識を疑い、自分の頭で考え、知識を絞ります」
タルピオットを卒業して兵役を終えると、優秀な研究者や技術者として民間でも活躍します。スタートアップ企業には、多くのタルピオットの卒業生が関わっていると言います。また、軍での生活で築かれた強い絆は卒業後も続き、グローバルに活躍する優秀な人材のネットワークが広がり、これがイスラエル経済の強みとなっています。
これらの教育によって、「起業やグローバルに飛び出していこうという精神が育まれているのではないか」と松尾氏は分析します。また、政府、軍、大学などが連携し、国全体でスタートアップを支援する体制が整えられており、教育とシステムの両方の戦略により、優秀な人材とベンチャー企業が育てられているのです。
松尾氏は、「日本にとっては、万博がグローバルイノベーションにチャレンジする絶好の機会。30年後、100年後を考えて、学生の皆さんにもとにかくチャレンジをしてほしいのです。その時に、国内だけを見ていてはだめ。世界と一緒に異質のものと組んでほしい。これが本日伝えたかったメッセージです」と、講演を締めくくりました。
未来社会を牽引するイノベーションを起こすという万博の意義を説き、今後の日本の経済成長に参考になるイスラエルの現状を知ることができた、今回の講演。大阪・関西万博に向け、一人ひとりの行動をうながすと同時に、日本の未来へのヒントが得られたのではないでしょうか。