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経済学部末村祐子客員教授 ポストコロナ時代の災害対策‐生活者の「ソナエ」の充実に向けて

2023年04月04日(火)

令和5(2023)年3月11日で東日本津波大震災(以下、東日本大震災)の発生から12年。被災地の友人と互いの近況を報告し合う度に、目に見える光景が変わっても、自然との対峙の前に、各々の変わらない心情があることにも思いがおよぶ。東日本大震災の後も熊本地震、地震津波以外でも甚大な豪雨災害等を経験し、令和2(2020)年初頭からの新型コロナ感染症によるパンデミックを経て、私たちは災害への「ソナエ」についてどこまで前に進められているだろうか。

阪神・淡路大震災の復興にNGO側から関わり、HABITATⅡ・第2回国連人間居住会議NGOフォーラム事務局業務に従事したことをきっかけに公共政策研究と実務に携わることになったが、阪神淡路大震災では備え不足を痛感しながらその後も「ソナエ」の難しさを思ったが、同時に、有事の際、官民連携が円滑に進むと災害後の立ち上がりや復旧・復興に弾みがつくことに希望も感じた。以来、平時からの「ソナエ」の向上と、有時の際に機能的に動ける行政組織の運営力醸成や迅速な産業復興等を視野に行政運営に取り組んでいる。

復旧復興業務の前線は、ひたすら業務に追われているだけの印象を持たれるかもしれないが、私の経験ではその時々の目前の被害から1日でも早く立ち直るよう、そして1人でも多くの方々を支えるようにと、針の穴程の機会も逃すまいと心を一つに取り組む時間を過ごした。望むと望まざるとを問わず発生する次の災害の際、同じ苦労をする人がいないことを願って、時には被災された方々自らも次の制度づくりの原動力となり、こうして被災の経験は制度改定の礎にもなっていく。20年近く民間の立場から行政運営に参画すると、制度の充実が被災の経験によって支えられていることを知る機会に恵まれるが、こうした情報をどれだけの人と共有できているだろうか。現在、政令市で区長の職に就かせて頂いていると、災害の経験が今の災害に関する制度充実の礎になっていることを多くの方々にお届けすることの重要性を痛感する。このような観点から本稿では、私たち生活者が有事の際も被害最小に、災害から速やかに立ち直るための「ソナエ」に役立つよう、災害対応に関する制度について経過にも触れつつ概観する。
 
災害対策に関連する法律・制度の概要
日本における災害対策に関する法律・制度は、災害の予防、発災後の応急期の対応及び災害からの復旧・復興の各ステージを網羅的にカバーする「災害対策基本法」を中心に構成される。同法の目的は、国土並びに国民の生命、身体及び財産の災害からの保護、社会秩序の維持と公共の福祉の確保に資することであり、本目的に沿って、防災に関する理念・責務、組織、防災計画、災害対策の推進、被災者保護、財政金融措置、災害緊急事態の布告等について規定される。(図1参照)

出典:内閣府防災担当HP 災害対策基本法の概要

本法を基盤に、地震津波・風水害・地滑り・崖崩れ・土石流・豪雪といった災害種を縦軸に、予防・応急・復旧復興といった災害フェーズを横軸に概観することができる。
地震津波の場合、南海トラフや首都直下地震など甚大な被害が想定される個別の災害に即した制度があると同時に、程度により被害の重軽に変化のある風水害・地滑り・崖崩れ・土石流・豪雪といった災害種ごとに河川法、砂防法などによる対策が講じられていることが解る。(図2参照)

出典 内閣府防災担当HP 令和元年版 防災白書 附属資料27 

また、どの制度も主に国、各種行政機関、広域・基礎自治体等の役割を中心に規定するものだが、応急フェーズにある「災害救助法」では「ソナエ」の観点から生活者である私達にも関係が深いので次項で詳しく見ていきたい。
 
災害救助法
災害救助法は、明治32(1899)年制定の「罹災救助基金法」が基金に関する法律で救助活動全般にわたる規定が設けられていなかったことから、昭和21(1946)年発生した南海地震を契機にこれに代わる法律として昭和22(1947)年に制定・施行され、災害に対して、国が地方公共団体、日本赤十字社その他の団体及び国民の協力の下に、応急的に、必要な救助を行い、被災者の保護と社会秩序の保全を図ることを目的に、実施体制、救助の種類、適用基準、救助の程度・方法及び期間、国庫負担割合等について定めるものである。災害の発生状況に鑑み都道府県、救助実施市は法の適用可否を判断、適用されて初めて同法の下に都道府県が法定受託事務として救助を行うことになる。(図3参照)

出典 内閣府防災担当HP 令和2年度版 災害救助法の概要

また、災害救助法が適用されることにより展開される救助の種類は、避難所の設置、被災住宅の応急修理、応急仮設住宅の供与、食品や飲料水、学用品の供与、被服・寝具の貸与、ご遺体の捜索・処理、埋葬などであり、実際の災害時にはこの基準によらず延長されるものの、避難所設置による救助期間について制度上は7日間が見込まれている。(図4・5参照)

出典 内閣府防災担当HP 災害救助法の概要令和4年7月版

災害の増大と避難情報
災害対応に関わる法律・制度が、災害の経験する度に改訂を重ねてきたことは冒頭に述べたとおりだが、直近の改正となる令和3(2021)年「災害対策基本法の一部改正」は、人的被害はもとより災害救助法適用自治体が東日本大震災を超える広域となる等、極めて甚大な被害となった令和元(2019)年台風19号が契機となった。
災害対策基本法第二章に規定される「中央防災会議」。同会議は、防災基本計画の作成、実施の推進、内閣総理大臣又は特命担当大臣(以下「防災担当大臣」)の諮問に応じて防災に関する重要事項を審議、意見を述べるための組織として設置されるものだが、この下にある防災対策実行会議に「令和元(2019)年台風第19号等による災害からの避難に関するワーキンググループ(以下WG)」が設けられ、本WG内に、「高齢者等の避難に関するサブWG」と「避難情報及び広域避難等に関するサブWG」が設置され、これら両WGによる提言を踏まえ、災害対策基本法が令和3(2021)年の改正に至った。この内「高齢者等の避難に関するサブWG」の提言を踏まえ、個別避難計画の策定が自治体の努力義務となり、また、「避難情報及び広域避難等に関するサブWG」の提言を踏まえ、市町村が避難情報の発令基準等を検討・修正等する際の参考としている「避難情報に関するガイドライン」において、①避難のタイミングの明確化(警戒レベル4の「避難勧告」と「避難指示(緊急)」を「避難指示」に一本化した)、②警戒レベル3の名称変更(「避難準備・高齢者等避難開始」を「高齢者等避難」に変更し、早期避難を明確化した)、③警戒レベル5 の「災害発生情報」は,「緊急安全確保」という名称に変更し、警戒レベル5と4以下の間に明確な区分を設け、移動を伴う避難はレベル4までとし、レベル5ではその時居る場所での安全確保を呼びかける内容としたことなどを主な内容に、改定が加えられた。(図6左参照)
 
新型コロナ感染症と分散避難
令和3(2021)年5月の災害対策基本法における避難情報に関するガイドラインの改定のポスターでは、避難情報に加えて、避難行動の具体例が示され、「小学校や公民館に行くことだけが避難ではありません。『避難』とは『難』を避けることで、①行政が指定した避難場所への立ち退き避難、②安全な親戚知人宅への立ち退き避難、③安全なホテル・旅館への立ち退き避難、④屋内安全確保、の4つの行動があります。」と呼び掛けている。(図6右参照)

出典 内閣府防災担当HP 避難情報に関するガイドラインの改定(令和3年5月)新たな避難情報に関するポスター・チラシ

災害時の連絡と再会のための「ソナエ」
もう一点、私が特に力を入れてお伝えしているのが、子育て世代の皆様に向けた「災害時の連絡と再会方法への事前検討」と「盲目的な引き渡しの危険」についてである。14時46分に発生した東日本大震災では多くの生徒が迎えに来た保護者に引き渡され、その直後に命を落とすことになった。
文部科学省は東日本大震災から1年半後の平成25(2013)年9月には全国の学校のソナエ強化の為「学校防災マニュアル(地震・津波災害編)作成の手引き」を作成しており、ここでも、引き渡しについて「地震の規模や、被災状況により、児童生徒等を下校させるか、学校に待機させ保護者に引き渡すかなどの判断をする必要があります。津波など限られた時間での対応が迫られる場合には、保護者に対しても災害に関する情報を提供し、児童生徒等を引き渡さず、保護者と共に学校に留まることや避難行動を促すなどの対応も必要です。」と明記している。全国の学校は、この手引きを参考に、引き渡し訓練を含む避難訓練も記載された「学校防災マニュアル」を整備していると思われるが、多忙を極める教育現場にどこまで被災地の経験が浸透しているだろうか。ともすると引き渡し訓練によって、適時適切に逃げることよりも引き渡すことを優先させてしまってはいないだろうか。
平時から地震発生後の津波到達時刻や浸水深さを理解していれば「間違った引き渡し」は必ず防げる。自分たちの地域は地震発生から何分で津波が到達し、浸水深はどの程度が見込まれているのか、ここ数年で精度を上げている気象庁からの情報や行政のハザード情報などを最大限活用した「ソナエ」に繋げたい。

終わりに
発災から9年に渡り被災自治体での業務に携わらせて頂いた。最初に参画した岩手県大槌町では職員の3割を超えた方々が命を落とされ、助かった職員も一度は自身が津波に飲まれた方、ご家族を亡くされた方など、言葉にできない悲しみを抱いて業務に当たられていた。災害で命を失うことの意味を身をもって体験すると、私が伝えるべきは何をおいても「命を守ること」だ。
新型コロナ感染症の経験を経て、災害リスクは内容・頻度ともに「分散避難」をあたりまえとする水準にある。今命ある私達の災害への「ソナエの強化」は、過去の災害における「もっと生きたかった命」と引きかえの営みである。本稿が一人一人の命を守る行動に貢献することを願い結びとする。
経済学部 客員教授 末村祐子
(大阪市住之江区長 前岩手県岩泉町副町長・復興庁復興推進官)