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【実施報告】福学地域連携セミナー「わが子が教えてくれたこと。そして、そこに見えた社会現象とは」

2023年09月29日(金)

みいちゃんのお菓子工房代表 杉之原千里氏による講演

2023年8月20日(日)にC31教室で福学地域連携セミナーが開催されました。本セミナーは情報社会学部浅田ゼミの学生が主体となって運営する福学地域連携プロジェクトが主催する講演会です。
 
極度の不安で家族以外と話せなくなる「場面緘黙症」を抱えながら、小学6年生にして「みいちゃんのお菓子工房」のパティシエになった杉之原みずきさん(以下:みいちゃん)。今回の講演では、みいちゃんの母である杉之原千里さん(以下:杉之原さん)に、夢を追いかける過程で直面した困難とその乗り越え方について語っていただきました。
 
 
不登校から始まったパティシエの夢
小学校に入学してから、みいちゃんは体が固まって動かなくなる「緘動(かんどう)」という症状が酷くなり、家以外で体が動かせなくなりました。首が動かないため授業中に黒板を見ることができず、授業の映像を杉之原さんと一緒に復習してなんとか過ごしていましたが、4年生の時に不登校になってしまいます。
 
そんなみいちゃんに、杉之原さんはスマートフォンを与えました。ネット上に溢れる色とりどりのお菓子に魅了されたみいちゃんは、人が変わったようにお菓子を作り始めました。自作のお菓子を投稿したインスタグラムに届く温かい反応、お菓子を配った友達の「美味しい」という笑顔によって、みいちゃんは少しずつ自信を取り戻します。そして、「先生にお菓子をあげたい」という思いがきっかけで、再び学校へ行けるようになりました。
 
家の中のみいちゃんは、自由に動き回り、驚くべきスピードでお菓子作りの腕を上げました。その姿を目の当たりにするうち、杉之原さんの中に、学校に縛られず自分らしくいられる場所で生き方を見つけることがみいちゃんにとって最適なのではないかという思いが生まれたといいます。学校に行くのは午前中2時間にとどめ、それ以外の時間はお菓子作りを思い切りやらせてみようと、杉之原さんは3つのことを意識してみいちゃんをサポートしました。
 
1、好奇心を育てること
2、苦手なことや得意なことを経験させて、母親の目線でふるいにかけること
3、できる・できないに関わらず挑戦できる場を与えること
 
1で大切なのは、好奇心に溢れる小学生の時期に支援を始めること。2では、お菓子作り以外にマラソン・英会話・習字など多くのことに挑戦させてきたそうです。みいちゃんの挑戦を実現するには、周辺の理解を得ることも必要不可欠です。場面緘黙症を知ってもらおうと、Facebookの「みいちゃんの日記」や「みいちゃんの生きる道展」の展示会などの発信も行いました。

学校を飛び出したみいちゃんは、2018年からマルシェに出店しました。家の接客練習で「いらっしゃいませ」が言えても、いざ店頭に立つと一歩も動けなくなってしまいました。お菓子が売れない時は商品の陳列を工夫し、それによって売れ行きが変わることを実感すると、商品レイアウトにもこだわり始めました。みいちゃんは、美味しいお菓子を作り方だけではなく、どうやったら売れるのかも学んでいたのです。

「みいちゃんのお菓子工房」の原点、スイーツカフェで生じた変化

6年生に進級した2019年、更なる一歩を踏み出します。近江八幡の男女参画センターを借りて、月に1回スイーツカフェを開いたのです。
メニューはもちろん、お皿のチョコペンアートなどのアイデアも全てみいちゃんが考えました。8月には、口コミで広まり開店と同時に40席が満席に。みいちゃんからは、「次のスイーツカフェはいつやるの?」という催促が止まりませんでした。
杉之原さんは「小学生って失敗を怖がらない。自分で考えさせるとどんどん成長します。失敗を温かく見守っていただけたおかげで、とても質の良い成長に繋がりました」と当時の様子を振り返りました。
 
場面緘黙症の治療には精神安定剤などを使用する場合もありますが、みいちゃんは服用していません。それは、「心にわくわくした気持ちを与えて活性化させれば不安に勝てるかもしれない」という杉之原さんの思いからです。全面壁で覆い他人の視線を遮断したスイーツカフェの厨房で、声が出せずとも笑顔でお菓子を作るみいちゃんを見た時、「お菓子の道で生きていく」という未来が杉之原さんの中で確信めいたものになりました。
 
この頃、みいちゃんは絵馬にあるメッセージを残しました。

「パティシエになりたいとかじゃなく、『お店を持ちたい』って書いてあるんです。みいちゃんは外にでたら動けないし喋れないというのを自分で理解しています。でも自分の居場所があったら、お店があれば変われるかもしれないという気持ちがあったのだと思います」
子どもたちはこのような心の叫びを直接伝えるのではなく、どこかに少しだけ残すのだそうです。「こういう時に周りの大人がどう導くかで子どもの人生は変わります。小さな発信を絶対に見落とさないでほしいです」と杉之原さんは訴えました。
 
みいちゃんの心の声を受け取った杉之原さんは、「ケーキ屋さんという環境を与えてあげたら、病気を治す『特効薬』になるかもしれない」と思い立ち、長野大学の高木教授の講演を元に「場面緘黙の症状を改善に向けた10年治療計画」を制作し、9月にはお菓子工房の建設に着工しました。2020年1月には「みいちゃんの菓子工房」が完成。杉之原さんがオーナー、みいちゃんが店長という形でプレオープンしました。
 
「工房を開いた当初は、みいちゃんの体が自由に動いて喋れるようになればと思っていましたが、ケーキで自分を表現するみいちゃんを見ているうちに、声は必要ないのかもと思うようになりました。いつか自分で話したいと思う日が来たら、話してくれると思います」
 
 
夢への障害になる特性も、支援者の寄り添い方で武器になる
みいちゃんは、場面緘黙だけではない表に出ない特性もあり、その側面がパティシエの夢に多くの障害を生んだそうです。
杉之原さんによると、「特性は裏返せば武器」であり、できないことが多い代わりに、できることは人間の能力の最大値まで発揮できるといいます。実際に、みいちゃんは物事を映像化して理解するため、ケーキを食べれば作ることができます。視覚優位なので綺麗なもの・かわいいものを敏感に察知でき、他にない豊かな表現力を持っています。
 
また杉之原さんは、特性や苦手なことは個性と言い換えることができ、個性を生かせるこれからの時代ではメリットになるとも語ります。みいちゃんは、ケーキに顔を作って自分の感情を表現することでお客さんとコミュニケーションを取っており、それが「メッセージ性のあるお菓子を提供する唯一無二のケーキ屋」という付加価値を生み出しています。しかし、決して間違えてはいけないのは、障害を売りにしているわけではないということです。
「寄り添い方をちょっと変えるだけで、自分らしさを貫きながらお客さんも笑顔にできます。みいちゃんの姿を見て、苦手なことがいっぱいあってもよくって、得意なことで自分らしさを出せばいいのだと感じていただけたら嬉しいです」
 
 
みいちゃんが起こした小さな社会現象
「みいちゃんのお菓子工房」には、YouTubeでみいちゃんを知った子どもたちが詰めかけ、「みいちゃんみたいになりたい」という手紙が全国から届きます。みいちゃんの夢を追う姿が大学の教材になったことで、多くの学生も訪れるそうです。予想以上の反響に、「これからは経験してきたことを皆さんに伝えるのが自分たちの使命だ」と杉之原さんは感じたそうです。
 
講演の終わりに、「これまでみいちゃんの涙をたくさん見てきましたし、家族も本当に辛い時期がありましたが、その暗闇を経験してきたからこそ、1歩ずつ上がっていく小さなステップが何倍も嬉しく感じられます」と語った杉之原さん。その言葉にもマイナスをプラスに変えていく杉之原さんの強さが垣間見えました。
 
講演後の休憩時間には、みいちゃんの作ったお菓子が販売され、多くの参加者が詰めかけました。

 
特性を味方に付けてお客さんの喜ぶ商品を生み出す杉之原さんの発想法
休憩が終わると、中小企業診断士の若岡聡子さん、情報社会学部の浅田拓史教授を新たに迎え、トークセッションが行われました。
 
みいちゃんのお菓子が多くの支持を得る理由について、若岡さんは「みいちゃんの創作に商売を合わせる」という方法にあると分析し、それが最も表れているのが人気商品の「おまかせホールケーキ」だといいます。ケーキ屋ではメニュー・値段・規格は決められており、いつでも同じ商品があるのが一般的ですが、この商品はデザインや材料全てみいちゃんが判断し、同じものは2つとありません。
 
杉之原さんによると、この商品が生まれた背景には「同じケーキを作ろうとしたら、みいちゃんがやりがいを失いうつ病になってしまった」という後ろ向きな理由があるそうです。壁に直面した杉之原さんは、発想を逆転させて、みいちゃんが作りたいケーキしか売らないという販売方法を生み出しました。
 
浅田教授はこれについて、「プロダクトアウト(お客様のニーズに関係なく自分ができることをする)から、マーケットイン(お客様のニーズを考え、喜びそうなことをする)に上手く切り替えられたことによって成功した」と分析しました。

質疑応答では、メタバースやNFTを活用したり、コミュニティを運営される中での現在の活動と今後の展望について質問が寄せられました。杉之原さんは「メタバースではアバターという自分の分身を作って他人とコミュニケーションを取りますが、みいちゃんはアバターなら接客ができるんです。メタバースを、不安を抱える人達が自由に生きられる場所にできるかもしれないと思い活動を始めました」と返しました。
 
「福学地域連携プロジェクト」で、福祉事業所の商品をメタバース上で販売する活動を行っている浅田教授は、「10月27日〜29日に開催予定の『メタ・マルシェ2023』には、みいちゃんのお菓子工房も出店予定です。ぜひお越しください」と呼びかけ、講演を締めくくりました。