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【実施報告】日本銀行大阪支店長による公開特別講座「最近の金融経済情勢と今後の展望」

2024年01月09日(火)

日本と世界の経済情勢を明らかにし、今後の見通しを語る

2023年12月4日、日本銀行理事、大阪支店長の中島健至氏を講師にお迎えし、公開特別講座を実施しました。「最近の金融経済情勢と今後の展望」と題した講座では、関西の金融経済動向を明らかにし、世界経済情勢を踏まえた上で今後の展望についてもお話いただきました。本講座は対面とオンラインのハイブリッド方式で実施し、「金融政策特論」の講義の一環として、聴講する学生のほか、一般の皆さまにも参加いただきました。

[プロフィール]
京都府生まれ。1989年京都大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。
福島支店長、政策委員会室審議役、政策委員会室長、名古屋支店長を経て、2023年に日本銀行理事、大阪支店長就任。

日本銀行の調査から見える関西の景況感

中島氏のお話は、開業の歴史や組織、業務内容など、日本銀行の基本的知識の説明からスタートしました。日本銀行は、「金融システムの安定」と「物価の安定」を目的とした業務を行っています。その一つが、物価の安定を図るための金融政策の運営です。経済の状況に応じて利上げや利下げなどの施策を実行します。金融政策の具体的な方針を決定するには、景気の現状をしっかりと把握することが大切で、日本銀行はさまざまな調査を行っています。

 

「全国企業短期経済観測調査」を略して「短観」と呼ばれる統計調査は、日本銀行が実施する調査の一環です。四半期ごとに1万社弱の企業に回答を依頼。企業動向を的確に把握するため、かなり細かな調査項目が設けられているといいます。中島氏は、この短観の集計結果をもとに、関西の経済状況を説明しました。

 

短観で発表される「業況判断DI」という指数からは、企業が景気の現状と先行きをどのように見ているかが分かります。業況判断DIは、業況全般について「景気が良い」と回答した企業の割合から、「景気が悪い」と回答した企業の割合を引いて計算されます。20239月の調査によると、関西では非製造業が+の評価であるのに対し、製造業は-の評価となっています。全国では非製造業と製造業どちらも+の評価です。この結果について中島氏は、「関西の製造業の景況感が悪いのは、中国経済の弱さの影響を受け、輸出の動きが悪くなっていることが大きな原因だと考えられます。関西企業は中国、NIES(新興工業経済地域)への輸出の割合が大きく、中国経済の影響を受けやすいという経済構造があるからです。また、原材料費や燃料費などのコストの上昇を売値に十分に転嫁できていないという状況も見られます」と説明します。

関西経済にとって好材料となるデータを提示

ただ、「悪い状況ばかりではない」と話し、いくつかのデータを示しました。設備投資額の推移のデータからは、関西企業が積極的に設備投資に取り組んでいることが分かります。2022年度は過去最高額となり、2023年度はその額をさらに上回る計画が立てられているとのこと。また、公共投資が全国に比べて強く、関西の経済を支える一因となっています。

 

さらに、主要エリアの人出や関空からの入国者数、免税売上もコロナ前の水準に戻っており、百貨店や乗用車、家電などの個人消費の動向も右肩上がりに推移していると説明しました。なお、スーパーの販売額に関しては、値上げの影響で節約志向が強まっている傾向があるとの声が消費の現場から聞かれるといいます。「売上が大きく落ち込んでいる状況ではないが、先行きを注視していく必要があります」と指摘しました。

 

所得の動向に関しては、2023年度の賃上げ率は30年ぶりの高水準に達し、冬季一時金の支給額も前年を上回る見込みだといいます。これらのデータから、「企業の利益は全体として高水準で推移し、その利益が設備投資や賃上げなどの支出へと循環しており、悪くはない経済状況だと思っています。輸出は弱いものの、公共投資や設備投資、個人消費といった国内需要の改善に関西経済は支えられています」と現状を整理しました。

日本経済にも影響を与える、欧米・中国の経済状況

次に中島氏は、海外経済の動向について説明しました。2021年から2022年にかけて急激なインフレが起こった欧米では、前年比でアメリカは8%、ユーロ圏は10%以上の物価高を記録。これに対応して欧米の中央銀行は、2022年から2023年に政策金利を大幅にアップさせました。金利を上げると消費者・企業は借り入れしにくくなり、経済活動は少しずつ弱まっていく傾向があります。しかし、IMF(国際通貨基金)の調査によると、アメリカの経済成長率の見通しは上方修正されています。これは、個人消費が比較的しっかり伸びていることが背景です。賃金と物価の上昇も少しずつ落ち着いてきています。このままインフレが終息していけばアメリカの金融政策は成功といえますが、懸念事項もあるようです。

 

「コロナ流行時にアメリカ政府は補助金を出すなどの対応をし、個々人に多くの貯蓄が残りました。しかし、低・中所得層でその貯蓄も枯渇しつつあり、今後の個人消費の動向が気にかかります。また、金利上昇で財務内容が悪化した銀行が貸し出しに慎重になっているのも不安材料となっています」と分析。アメリカ中央銀行議長も、「インフレ率の目標値2%まで回帰させるためのプロセスは長い道のりになる」とのコメントを出しています。

 

一方、欧州経済は個人消費、輸出ともに弱く、経済成長率の見通しも下方修正されています。利上げによる経済活動のスローダウンに加え、ドイツを中心に輸出などで中国への依存度が高いため、中国経済の減速の影響を受けているといいます。中国の実質GDPは、日本と比べれば高めの成長ではあるものの、以前のトレンドを見ると伸び率が弱くなっているのが現状。若年層の失業率の上昇、不動産の着工・販売の減少といったデータにも、中国経済の停滞が表れています。また、グローバルな市場で、IT関連財におけるプレゼンスの低下も見られます。

 

中島氏は、「少子化、人口減少を迎えるという中国のこの先を考えると、構造的に経済が伸びにくい社会になっているのではないかといわれています。今後の中国経済が飛躍していくのかどうかについては両論ありますが、現時点では悲観的な見方が少なくないと感じています」と話しました。

今後の日本経済を見通す上での重要なポイント

こうした世界の経済情勢を踏まえ、日本からの輸出の増加も当面はあまり期待できない、と中島氏は今後の見通しを示します。したがって、今後の日本経済においては国内需要を喚起することが重要で、そのために個人消費を支える賃金の上昇が必要となってきます。

 

物価の動向を見てみると、一時期は前年比4%の高い伸び率であったものの、現在は3%程度に抑えられています。ただし、エネルギー分野における国の補助政策がなければ、比較的高い水準で物価高が継続していたのではないかと、中島氏は分析します。この物価高をカバーできるだけの賃金上昇が見込まれるかどうかが、今後を見通す上で注目すべきポイントとなります。「賃金上昇を実現するには、企業が人件費も含めたコスト上昇分を売値に転嫁できるようになることが必要です。販売価格の値上げができれば企業収益が確保できます。すると、賃上げが可能になり、それによって個人消費が増加するという前向きな循環が維持されれば、経済全体がうまく回っていきます」と説明します。

 

企業が実際に値上げをどのように考えているかというと、これまで転嫁できなかったコスト上昇分や人件費上昇分を価格転嫁していく方針を掲げている企業は少なくないと、企業からのヒアリング情報を紹介します。ただし、中小・零細企業では価格転嫁が難航しているという声があがっているとのこと。「価格転嫁が進み、中小企業の従業員の賃金が上がっていくことが大事です。賃上げについては、去年の同時期と比べると上げていかなければならないという雰囲気が企業の中で強まっており、期待しながら見守っていきたい」と話しました。

 

これらの経済情勢を総合的に鑑みて、「粘り強く金融緩和を継続することで、経済活動を支え、賃金が上昇しやすい環境を整えていく方針」と、10月末の記者会見での日本銀行総裁の発言を紹介。その上で中島氏は、「当面は国内需要をしっかりと支えて経済がうまく循環する環境を整えることが重要になる」と、今後の見通しを明らかにしました。

 

関西、日本国内、海外の経済情勢と、今後の景気展望においてどのような点を注視すべきか明らかにした、今回の講演。聴講者にとって、日本を取り巻く経済の課題を理解する上で非常に有益なお話を聞かせていただきました。

講演に先がけて、理事長室で懇談を行いました。
(写真)左から順に、髙橋経済学部教授、小川経済学部長、山澤理事長、中島氏、山本学長、福本経済学部教授