古賀恵里子

治療共同体の考え方を生かし、充実した集団精神療法を

治療の場にいるメンバー全員がコミュニティを形成

 私の専門分野は、精神科の治療においてセラピストが複数の患者さんに対して行なう「集団精神療法」で、現場ではグループアプローチと言われることもよくあります。なかでも特に注目しているのは、医療の現場を患者とスタッフによるコミュニティととらえる「治療共同体」という取り組みです。

 治療共同体は、1940年代のイギリスで始まりました。もとは戦争神経症を治療していた、病院の取り組みだったという説が有力です。多くの兵士が入院する環境において、患者同士の助け合い、話し合いに効果があることが認められ導入されました。治療共同体の特徴は、毎日1回または2回、治療者と患者で構成される全メンバーが集まってグループミーティングを行うことです。どんな風にコミュニティを作っていくかを、話し合いを通じて決めていきます。患者たちは、日常生活に関わる具体的な事柄から、それにまつわる自分の気持ち、自分たちの病気についてなどを話し合うことで元気を取り戻し、社会生活を送れるまで回復していきます。

深く濃い治療を追求し、医療から研究の場へ

 研究者となる前に、私は心理士として精神科に29年間勤務しました。多くの患者さんと接するなかで、入院治療の大切さを感じていましたが、入院中には看護師や医師などとの相互作用の中で、個々の患者さんがもつ様々な問題が現れてくることや、それらの問題の扱いは非常に難しいということを実感していました。そこで、入院生活中の対人関係をテーマにした治療法が有効ではないかと思い始め、集団精神療法を勉強するうちに、治療共同体の存在を知ったのです。日本には残念ながら、現在、治療共同体そのものはありませんが、海外では英国、イタリアなどで実践されています。社会基盤が大きく異なる日本で、治療共同体をそのまま根付かせることは無理かもしれませんが、どうすればこの取り組みをもっと日本の病院で採り入れられるかを、医療の現場から少し距離を置いて考えたいと考え、研究活動を行っています。

 最近は、治療共同体をメインテーマとする研究会を大阪経済大学で年間8回開催し、心理職だけでなく看護師、精神科医、ソーシャルワーカーなど、多様な専門家と話し合う機会をもっています。また、昨年は現場の人々を対象としたスタッフトレーニングを実施しました。以前に私が参加した海外のワークショップのスタッフをイタリア、英国から招き、同じ方法で開催しました。今は第2回に向け準備を始めたところです。その他、ある病院の集団療法に参加させてもらって調査を行ったり、治療共同体の考えを採り入れたいと希望する福祉施設を訪問し、カンファレンスに参加したり、スタッフと話し合うといった活動をしています。

 今、治療の短期化が推し進められている中で、精神科医療においても「とりあえず症状が治ればいい」という入院に傾きがちな現状があります。私は、症状が治まることは重要だと思いますが、それだけでなく、地域に戻って再発しないために、入院環境の中でしっかり治療する、濃い深い治療をもう少し考えてもいいのではないかと考えています。