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【実施報告】創立90周年記念講演会第4回「ニューノーマル時代~北海道東川町の挑戦」

2023年02月07日(火)

一極集中から地方創生へ。人間は逆方向に向かう時が来た

大阪経済大学では、90周年を迎えた2022年9月から記念講演会を毎月開催しています。テーマは「公共共創社会へ~VUCAの時代~」。Society 5.0やSDGsの実現、成長と分配の好循環、地球環境の課題をテーマに社会課題の解決に取り組む専門家・企業家を招聘して貴重なお話をいただいています。
第4回目の講師は、建築家で東京大学特別教授・名誉教授を務める隈 研吾氏。テーマは「ニューノーマル時代~北海道東川町の挑戦」です。

【プロフィール】
隈 研吾氏
1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数 。
 
 
多様性と持続性を考えたニューノーマル時代のスタジアム
その土地や文化に溶け込む建築を目指し、木材をはじめ自然素材を活かしたデザインによって日本のみならず、世界の人びとも魅了する隈氏の講演とあって、会場は2階まで満席。盛大な拍手に迎えられた隈氏は、冒頭に「地球温暖化やコロナパンデミックなど、混沌とした今、私たち人間は坂道を下る時が来たと思います」と、講演の核心を語られました。
 
「人類は誕生から約20万年、自然から都市へ移るなど、いわば坂道を上り続けてきました。その頂点が超高層建築だと私は思うのです。都市の超高層建築物に閉じこもっての仕事は効率的な一方、肉体的にも精神的にもストレスを強いてきました。さらに、コロナ禍によって、超高層建築物はおろか、都市自体が密の境地となってしまった。しかし、改めて状況を見直すと、インターネットが発達した今、都市にいずとも仕事をはじめ、活動ができることに世界中の人が気づいたわけです。これは人類の大転換ではないでしょうか」
 
この「逆方向の進行」について、隈氏はコロナ禍以前から考え、設計建築にも活かしてこられました。その代表事例が、2021年に東京で開催されたオリンピックのメインスタジアムとなった国立競技場です。「コンクリートの超高層ビルが建ち並ぶ東京の真ん中において、低層に設計し、国立競技場がある神宮外苑の杜になじむよう建材は木を使いました。エントランスには各都道府県の杉を使用。杉が自生しない沖縄県は琉球松を使っていますが、同じ杉でも色も木目も違います。世界の人からすると、日本は何もかもが同じに見えるそうですが、北から南、風土も人も多様性に富んでいることを全世界に発信したかったのです」
さらに国立競技場の建築様式は、世界最古の木造建築・法隆寺の象徴「五重塔」を参考にしたそうです。「競技場の庇の重なりは、五重塔の屋根をイメージしました。庇は光を取り入れながら太陽を遮り、風を通します。これは五重塔が1,400年以上も美しい姿をとどめる要因の一つです」
 
他国で開催された過去のオリンピックのスタジアムは、閉幕後に活用しきれていないことが問題視されていました。一方、国立競技場は建築物としての耐久性に加えて、隈氏が持続性も追求。例えば、国立競技場の外側の回廊には緑やベンチなどを設置。中に入らずとも、人々の憩いの場になるよう考慮されています(利用方法は現在検討中)。多様性、持続性といったSDGsも反映した隈氏の建築の奥深さに観客は改めて感服していました。
 
 
心豊かに働き、生きることができる地方へ
続いて、隈氏は講演のテーマである北海道東川町での取り組みを紹介しました。
北海道のほぼ中央に位置する東川町は、大雪山の雪解け水が地下水となって麓の町まで運ばれてきているため、水道をひねると直接雪解け水が出るという全国でも希有な上水道がない町になっています。加えて、国道も鉄道もなく、「3つの道がない町」ともいわれる小さな町ながら、恵まれた自然環境に惹かれた移住者が増え続けているといいます。
 
隈氏は、東京・パリ・北京・上海に事務所を構えていますが、コロナ禍の中、東京をはじめ一極集中の構造、自身やスタッフの働き方、生き方を改めて模索。そんな時、訪れた東川町に、「人間としての原点回帰、自然回帰の場にふさわしいと一目惚れしました」と、サテライトオフィスを設けたのです。2022年6月に完成したサテライトオフィスは、木材の町であり、家具の町としても知られる東川町の魅力や実力を存分に発揮しています。建物には北海道産、東川町産の木材が使われ、施工は地元の職人が担当。堅牢な家具を柱や筋交いの代わりに配置することで最小限の資材と省スペースによって耐震性を叶えました。これもSDGsを意識した隈氏の工夫です。
また、このサテライトオフィスを町の人の仕事場としても開放。「一極集中から地方分散を目指す一方、狩猟採取時代に群れを作ったように、そこにいる人間同士は集い、連携することも大切です」と隈氏は語ります。
 
講演会の終盤は、隈氏がこれまで国内外で手がけられた数々の建築を紹介。都会から地方に目を向け、公共施設や文化施設、観光施設などの設計デザインを通じて地域活性化に取り組まれてきたこと、人間本来の姿、暮らし、町の在り方を追求されてきたことをうかがい知ることができました。
 
2000年、設計建築された栃木県「那珂川町馬頭広重美術館」では、那珂川町の里山と商店街に挟まれた立地が活かされています。「里山はその町や村の公共の場、寺社仏閣を祀る信仰の場、薪を採取して燃料にするなどエネルギー供給の場といった人々に欠かせない場でした。そこで、里山を見通せる鳥居を思わすデザインに。地元の木材や石材、和紙などを多用することでの地域活性化と貢献を図り、町の産業や商業と来館者をつなぐことも意識しました」
 
また、新潟県長岡市の市役所「アオーレ長岡」では、昔の家屋の土間や中庭をイメージした屋根付きの広場「ナカドマ」を配置。朝から夜遅くまで解放されていることから、多くの市民が集う憩いの場になっています。
さらに、イタリア・ミラノのコンベンションセンターには日本の縁側のようなデザインを取り入れたり、フランスのブザンソン芸術文化センターにはビオトープを配したり、和と自然も意識する隈氏。そこから伝わるやさしさやあたたかさが多くの人を魅了する所以なのでしょう。
 
「坂道を下った先、地方や自然に向かった先にある建築、経済をはじめとする人々への影響というのは、私たちが考えていくこれからの課題です」と隈氏は講演を締めくくりました。

地域に溶け込む公共の場、心の豊かさを育む場がさらに必要

第二部は、隈氏と大阪経済大学大樟春秋会会長 森田俊作氏(大和リース株式会社 代表取締役会長)、本学・山本俊一郎学長、さらに今回は和泉佳奈子氏(株式会社百間 代表・プロデューサー)を招いての座談会が開催されました。
 
和泉氏は、編集工学者や著述家など幅広く活動する松岡正剛氏(株式会社松岡正剛事務所代表取締役)のもとでマネジメントエディターを務めた後、独立。松岡氏が確立した編集工学を用いたクリエイティブマネジメントを多方面で展開しています。隈氏は、2020年、埼玉県所沢市に完成した図書館、美術館、博物館を有す複合施設「ところざわサクラタウン 角川武蔵野ミュージアム」の設計建築で和泉氏や松岡氏と深く関わったそうです。両名は森田氏とも親交があることから、和泉氏の登壇となりました。
 
和泉氏は、「隈さんの設計建築は、コンセプトなどを表現するStoryと、日本の伝統を取り入れるなどのHistoryがあります」と賞します。
 
また、森田氏は「長岡市役所に訪問したことがあるのですが、あの広場は素晴らしいです。市庁舎には無駄な空間かもしれませんが、利便性や合理性だけを追求しても心は豊かになりません」と語ります。さらに、隈氏が手がけたアメリカ・ポートランドの日本庭園を例に、「アメリカには日本庭園が200カ所以上もあります。一方、日本は自国の文化や哲学、技術の素晴らしさに気づいておらず、心の豊かさを育む場が少ないです」と続けました。この森田氏の発言に、隈氏は「確かにそうです。そこで、私の建築事務所では新たに庭園チームを設けました」と応えました。
 
親交のある3人の話は尽きませんが、時間が来たことから山本学長は「公共性という点で、隈先生の建築は、地域の素材や技術を活用するなど、元からその場にあったもの、そこから湧き上がってきたものということが表現されていると感じました。隈先生の建築から、一極集中の脱却をはじめ、これからの社会、経済の在り方を考えてもらえれば」と語り、講演会は幕を閉じました。