2026/8/31

養成課程、こんな世界があるとは思わなかった。

~ 私が「一期一縁」という言葉にたどり着いた理由 ~
光栄なことに松山ニキからバトンをいただきました。
松山ニキは、ユーモアがあって、いつも人の輪の中心にいる人。一枚のスライドで二時間しゃべれるほど、話題も引き出しも尽きない。私には到底マネのできない方です。
でも、歌って踊れる診断士は……余計な紹介ありがとうございます(笑)。
これは入学当初、「診断士となった後、どのように活躍したいのか?」という発表で私が掲げたものです。センターに立つために努力をいとわず、自分自身を磨き続ける。そんな意味を込めて、割と真面目に考えたのですが、「歌って踊れる」がバズって黒歴史となりました。イエイ♩
ちなみに、今のところ歌も踊りも披露する予定はありません(笑)。
改めまして、私、谷澤と申します。
今年2月に始まった養成課程もちょうど折り返しあたり。この半年を振り返ってみると、一つの言葉が頭に浮かびました。
「一期一縁」
今日は、その言葉にたどり着いた理由を書いてみたいと思います。
前回のブログはこちらからご覧ください

養成課程を、よく知らないまま外してた。

実は以前の私は、養成課程を選択肢から外していました。というより、養成課程という言葉を聞いたことがある程度でした。
一次試験には4回合格。二次試験には7回挑戦しました。
「診断士になるなら試験で。」
試験合格でなければダメだという思い込みと、仕事と養成課程を両立できるのかという不安。そもそも養成課程という道を、きちんと知ろうともしていませんでした。
そして7回目の二次試験。今回は「養成課程も含めて、この先をちゃんと考えよう」と、説明会に参加しました。その中で印象に残ったのが、養成課程で過ごす一年は、診断士になってからの自分をイメージし、準備する期間にもなるという話でした。
普通に考えれば、当たり前のことかもしれません。
でも、診断士合格をゴールでしか考えられていなかった私には、目からウロコでした。
志望動機を書く。どんな診断士になりたいのかを考える。気付けば、「診断士になること」だけではなく、「診断士になって何をするのか」を考え始めていたのだと思います。

人生には、鐘が鳴る時がある。

私が大経大へ進むきっかけとなった出来事がありました。
私には、以前から折に触れて相談に乗ってくださっていた先輩診断士がいます。
その昔、初めて二次試験を受けた日のこと。会場に来て「頑張れ」とキットカットを手渡してくれました。食べるのがもったいなくて持って帰りました。「今年こそ」と大事に取っておいた翌年に食べて挑戦しましたが……見事に落ちました(笑)。
そんな忘れ難いエピソードもある先輩に、大経大合格を報告したのは、二次試験の合格発表前のこと。その時、私にかけてくれた言葉があります。
「人生には、鐘が鳴る時がある。」
自分では分からないかもしれないけれど、人生には転機というものがある。よく考えろ。そんな意味だと受け取りました。
その言葉を聞いた私は、「もし二次試験に合格していても大経大へ進もう。」とまで思いました。
……結果は、7回目の挑戦も実らず。人生、うまくはいきません(笑)。
でもあの時、初めて試験とは違う道を「仕方なく」ではなく、自分の意思で選ぼうとしていました。今から思うと、私の背中を押してくれた言葉だったと思います。

実力横一線。に高揚するも、圧倒される。

実際に入学してみると、早々に印象に残る言葉にも出会います。
「実力横一線」
肩書きも会社も関係ない。ここでは、自分自身が商品。
ええところに来たと思ったのは一瞬だけ。現実は甘くありません(笑)。
最初に圧倒されたのは、同期でした。
グループ討議では鋭い意見が飛び交う。発表になれば、よくこの短時間でまとめたなと思うくらい、淀みなく話す。
講義で先生のおっしゃることは理解できても、自分でアウトプットできるかはまた別の話。
消化不良のまま課題が山積みになっていく。
来る場所を間違えてしまったかなという心境になることもありましたが、
「課題やった?」
「まだ……。」
「キツいわ……。」
こんなやり取りが日常茶飯事(笑)。苦戦しているのは私だけではありませんでした。
演習や実習を重ねるうちに、自分の発表に共感してもらえたり、議論を引っ張ったりする場面も出てきました。
焦りはある。でも孤独ではない。
周囲からは常に刺激をもらう。
この伸ばされている感覚は何だろう?そんなことを考えるようになりました。

ただ、上手くなりたい。

この半年で何が一番変わったのか。
考えてみると、能力そのものよりも「もっと上手くなりたい」と思える環境ができたことかもしれません。講義で学び、演習で試し、実習で経営者と向き合う。
できなかったことがあれば、また学ぶ。そして、それが仕事でも生きてくる。
診断士は、自分自身が商品。
学んだことも、経験したことも、失敗したことも、すべて自分に返ってきます。
だから、ただ上手くなりたい。自分自身の可能性を、もっと拡げてみたい。
その結果として、お客さまや地域社会に喜んでいただけるような仕事ができれば、こんなにうれしいことはありません。

「人生最後の同期」

入学して3か月ほど経った頃、近況報告を兼ねて、先ほどの先輩に連絡したことがあります。
その時に言われたのが、「人生最後の同期」という言葉でした。たしかにな。
この歳になって、また「同期」ができるとは思っていませんでした。しかも、一を聞いて十を知るような人たちばかり。ごまかしは通用しません(笑)。
刺激をもらい、一緒に苦しむ。この先も長い付き合いになり、一緒に仕事ができたら面白いだろうとも思います。

「一緒にやりましょう」と言えるのか。

実習で経営者と向き合う中では、別の意味でも圧倒されました。
経営者は正解が分からない中でも必死に考え、判断し、決断して前へ進んでいます。
失敗できないこともある。それでも、決めなければならない。そんな姿を目の前にすると、
「一緒にやりましょう!」
という耳馴染みのよい言葉を軽々しく口にしていいのだろうかと思うようになりました。
診断士として経営者の前に立つなら、それに見合うだけの力量がいる。
まだまだです。
先生方からいただく言葉も、経験に裏打ちされたものばかりです。
「相手に納得してもらい、心を動かしてこそ。」
プロとして、相手の前にどう立つのかを考えさせられる言葉でした。
だからこそ、もっと上手くなりたい。
そんなふうに一生懸命になれる場所が、ここにはあります。

「軸足を診断士へ。」

養成課程に入る前、私にとって診断士は「資格」でした。
でも今は違います。
8月8日。8期の会の日に、私はみんなの前で、
「軸足を診断士へ。」
そう宣言しました。

診断士になってから何かを始めるのではなく、その先を見据えて、今から動き始める。
以前の私なら、こんなことは考えていなかったと思います。

一期一会ではなく、「一期一縁」

ある先生から「谷澤さんと先輩(鐘の人)との縁が、谷澤さんを通じて8期のみなさんとの縁につながっていくなんて、本当に素晴らしいですね」と言っていただいたことがあります。
一人の先輩との出会いが、大経大へ進むきっかけの一つになった。
そこから先生方と出会い、23人の仲間と出会い、実習では経営者の方々とも出会った。
そして、そのつながりを先生が喜んでくださったことが、私もうれしかった。
 一つの出会いが次の出会いや挑戦につながり、本気で向き合う中で、その関係も少しずつ育っていく。
このブログを書きながら、「一期一会」という言葉が頭に浮かびましたが、少し違う気がしました。
だから私の中では、「一期一会」ではなく、
「一期一縁」
そんな言葉が、しっくりきています。
振り返れば、「人生には、鐘が鳴る時がある」と言ってくださった先輩との出会いも、私にとっての「一期一縁」だったのかもしれません。

これから養成課程を考える方へ

もし今、二次試験と養成課程の間で迷っている方がいたら、一度考えてみてほしいことがあります。
どこをご自身のゴールに設定するか。
診断士になることなのか。
それとも、診断士になってから、なのか。
もし後者を考えるのであれば――大経大一択でしょう(笑)。
私は以前、その問いすら持っていませんでした。でも今は、診断士になってからを考えています。
そして、もっと上手くなりたいとも思っています。もちろん、何がきっかけになるかは分かりませんし、大経大で本気になれるかどうかも、その人次第です。
でも、少なくとも私は本気でやっていますし、楽しんでいます。面白おかしくも、ド真剣に。
このブログを読んで「こんな場所があるのか。」と少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひ一度、説明会の門戸を叩いてみてください。
その先をどうするかは、ご自身で決めればいい。
私は、ここに来てよかったと思っています。

次のバトン

さて、次のバトンは、同期最年少のきたっちょこと、北川さんです。
診断士としての活動も見据えて名刺まで作り、この一年で結婚も決めよった。
二十代にして全部手に入れそうな勢い。うらやましいわ(笑)。
きたっちょ、次よろしく!